003

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(スグル)たちが絶叫して起きると、当然驚いた卓の家族たちが何事かと焦った様子で彼らの部屋に飛び込んできた。それぞれが頭を抱えたり、呆然と手元を見つめる中、かろうじて冷静さを取り戻していた優斗が「みんなで怖い動画を見ていただけです」と言い訳をし、ひたすらに頭を下げた。卓の親たちはどう見ても何かあった様子の子どもたちに心配が尽きないようだったが、徐々に意識を現実に戻してきた鈴木や田中、卓の「大丈夫」という言葉に無理やり追い出されるようにして、部屋を出て行った。親たちが寝室に戻っていくのを確認したあと、まず卓が部屋の電気を点けた。そして、心底嫌そうに、けれどどうしても確認しなければという強い思いから、今あった出来事を話した。 「みんな……もしかして、『あの家』の夢、見た?」 卓の言葉に、部屋が重い空気に包まれる。全員が沈黙した。すなわち、答えは『YES』(はい)である。 「こんな事って……」 複数人が同時に、同じ夢を見て、同じタイミングで悲鳴をあげて飛び起きる。オカルトに詳しくない卓であっても、これが十分に心霊的な、ホラーな出来事である事はわかった。なら、元から心霊好きな人……たとえば鈴木なんかどうだろうか。彼から見て、この出来事は一体、どう映るのか。卓は鈴木に目を向けた。鈴木はそんな卓の目線を責めと感じたのか、少し不機嫌そうな瞳で卓を睨み返した。 「なに。俺のせいだって言いたいの?」 「えっ?ち、ちがうよ。そうじゃなくて……」 「なぁ、マジでみんな同じ夢見たの?ちょっと一人ずつ内容教えてよ」 険悪な雰囲気になった卓と鈴木の間に割って入ったのは優斗だった。田中はまだ恐怖の余韻があるのか、真っ青な顔で俯いている。優斗はひとまず話が出来そうな卓と鈴木を交互に見て、夢の内容を話すように促した。先に話しだしたのは鈴木だった。 「俺が見た夢は……『あの家』に行く夢だよ。でもなんだろ……あれ?すげー怖かったことは覚えてんだけど……家の前に行ったことくらいしか……覚えてねぇ……」 現実で悲鳴をあげるほど怖かった夢のはずなのに、具体的な事を語ろうとすると内容にモヤがかかったように話せなくなった。鈴木は誰よりも先に、夢の内容をハッキリ伝えてやろうとウンウン頭をひねったが、結局「あの家に行った夢」としか言えなかった。それは田中と優斗も同じで、「確かに『あの家』に行った夢で……ほんとだ、それ以上わかんねぇ」と不思議そうに首を傾げた。体感では、ものすごく濃厚で、深い恐怖を味わうような内容だったはずだ。起きた直後までは覚えていたはずで、だからこそ体の震えと冷や汗が止まらなかった。なのに、他人に伝えようとすると何も出てこない――。気味が悪いというよりかは、モヤモヤとした感触が気持ち悪くて、各々必死に自分の頭の中を探った。しかしそれは何の成果も出せずに終わった。 「卓は?卓も同じ感じ?」 優斗の問いかけに、卓はビクリと体を震わせた。優斗はその様子に、ん?と一抹の違和感を覚えたが、卓のことだからまだビビっているだけだろう、と自身の感じた違和感を流した。現に、卓は優斗の問いかけに対し、言葉少なではあるがハッキリと、「みんなと同じ感じ。思い出そうとすると、『家』があった事以外、なにもわかんない」と答えた。 身を守るように布団をかぶった形で部屋の中央に集まり、あれやこれやと夢の話をしているうちに、気付けば朝を迎えていた。ピチチ、という鳥の鳴き声が部屋にも届き、今日も昨日と変わらない、平穏な朝が来た事を実感した。だが、カーテンの隙間から爽やかな朝日が差し込もうと、誰一人として窓に目を向ける者はいなかった。 すっかり目が覚めてしまった4人は二度寝をする気分にもなれず、時間帯を見計らって寝具を片付けた。そうして階下へ降りると、卓の母が人数分の朝食を用意してくれていた。深夜に大声をあげて迷惑をかけたにも関わらず、卓の母はいたって普通に「おはよう」と彼らに声をかけた。卓の母にとっては何気ない挨拶だが、恐怖の一夜を過ごした彼らにとっては非常に救われる、有難い一言だった。「簡単なものしか準備出来なくて。足りないだろうけど我慢してね」と並べられたパンや卵焼きの温かさが、余計に彼らの心に染みた。 朝食を食べ終えて部屋に戻ると、卓以外の3人は帰り支度を始めた。もともと、急な流れで決まったお泊り会だった。皆このあとは用事があるということで、まだ午前中も始まったばかりの時刻だったが、各々帰宅することとなった。 荷物を持った3人と、見送りの卓が玄関に揃う。「なんか昨日今日って大変だったなー」なんて無理に笑い合う3人を前に、卓は何か言いたそうに、口をもごもごとさせていた。それに目ざとく気付いた優斗が、「卓、どうした?」と声を掛ける。――察してなんて、ズルいやり方してごめんね。――卓は内心でそう謝りながら、優斗の言葉に乗る形で「あの、」と口を開いた。しかし卓が話すより先に、田中が「みんなに言いたいんだけど」と会話に割って入ってしまった。 「田中、どしたん」 「今ここでハッキリ決めておこう。『あの家』の話は今後一切、絶対にしないって」 卓の表情が凍り付いた。それに気付いたのは優斗だけだったため、田中を中心にさらに話が続いてしまう。 「俺、昨日も言ったけどさ。先生……も、夢も、どう考えたってヤバイ案件だよ、コレ。これ以上関わらない方が絶対にいいと思う」 「あー、まぁ、それには俺も同意かな……さすがに気味悪いもんな」 賛同したのは優斗だった。残るは鈴木と卓だが……今回の話に一番乗り気だった鈴木はどうだろうか。全員の視線が鈴木に集まる前に、彼自ら発言した。 「俺も賛成。ホラーとかゾクゾクするから好きは好きだけどさ、やっぱ自分で体験するってなると、普通にこえーわ。これ以上はやめとく」 「……はー……よかった」 「んだよ、その反応。俺が一番悪いみてぇじゃん」 「だって鈴木が一番興味持ってたじゃん。場所突き止めてきたのもそうだし、写真がどうこうって話持ち出したのも鈴木だし……そりゃ不安になるって」 「怖がらせて悪かったよ。それはごめん。もうやめとくから」 「ま、それなら一件落着、でいいか。なぁ、卓?」 優斗がくるりと卓に振り返る。卓は少し迷うように眉を下げながらも、「……そうだね。これ以上何かあったら怖いし、やめよ。てか俺は元から関わるの嫌だったからね」と賛同の意思を示した。 「じゃ、そういう事で。たださ、同じ変な事に巻き込まれた同士さ、一応……なんかあった時は、情報共有しようぜ」 「一人で悩むのはナシってやつね」 「それ。夢云々抜きにしても、先生の行動はガチヤバ案件でしょ。急になんかあったら大人の助けも必要だろうし、一応、な。その辺はうまくやろーぜ」 「りょーかい」 玄関先でするには長い話だったが、うまくまとまったところで今度こそ本当に別れの時間となった。そんじゃまた、週明けに学校でなー。軽めに挨拶を交わして、鈴木と田中は駅の方向へ、優斗は自宅へと歩き出す。その背中を見送りながら、ひとり玄関先に残された卓は、言い知れぬほどの孤独を感じていた。 卓だけが、彼らと情報を共有出来ていなかった。体験を共有出来ていなかった。伝えたかった。吐き出してしまいたかった。だけど、言い出せなかった。『自分だけが違う』という事を認めたくなかった。認めてしまった先に一体何があるのか分からず、怖くて口に出したくなかった。それでも悩んだ末に、優斗たちになら言ってもいいんじゃないかと一瞬思って、まず優斗に訴えかけてみたが、うまく言えないまま別れてしまった。……なんで。なんでみんな、覚えていないの?なんで俺だけ、違うの?違う夢を見たの? 卓が見た夢は、確かに『あの家』に行った夢だった。そこまではみんなと一緒だった。だけど卓はその先も覚えている。『家』の前で立ち尽くす卓、1メートル先には3段ほどの階段と、更にその先に玄関がある。建売で売られている一軒家によくあるような、少しお洒落な作りの玄関先だ。卓がぼうっとした気持ちで家の前に立っていると、玄関がギ、と鈍い音を立てて開く。夢の中の卓は導かれるようにして、一歩、また一歩と玄関に近づく。歩みは遅いはずなのだが、あっという間に扉の前に辿り着いてしまった。ここで夢の中の卓は、『これ、開けちゃダメなんじゃ』と急に恐怖を覚える。やめよう、帰ろう。踵を返そうにも、夢だからか、体がうまく動かない。夢の中の卓はそのまま、『現実の卓』の抵抗も虚しく、玄関扉に手を掛けてしまった。ギ、ギギ、ギギギ、と妙に錆びついた音が耳に届く。開いたすき間から顔を覗かせると、中にひとり、女性が立っていた。洋風の一軒家には全くもって似つかわしくない、和服を着た女性だった。第一印象としては、周囲の景色と服装のバランスに違和感はあるものの、正直「怖い」とすら思わず、むしろ懐かしいような気持ちにすらなった。もしかして存外、悪い夢ではなかったりするのか……?今思えば明らかに危険で、馬鹿げた事を考えてしまうくらいに、女性の醸し出す雰囲気は柔らかいものだったのだ。卓は一歩、タタキに上がってしまった。女性はゆっくりとした動作で頭を下げる。……着ているものは和服だと分かるのだが、首から上はモヤがかかったように形が見えない。しかし、なんとなく、頭に被り物……布か?そういったものを乗せてるか、巻いているかのように思えた。卓は女性の動作につられるようにして、ペコッと少し頭を下げた。すると不思議なことに、頭に直接女性の声が響いた。 『卓さん』 鈴の音を鳴らしたような声色、とはこのことか。卓は初めて聞く美しい声色に、一気に虜になった。その勢いのまま体のすべてを家の中に入れた。背後でバタン!と扉が閉まる。普段だったらビクつくような扉の閉まり方だが、今の卓は目の前の女性の事で頭がいっぱいだった。彼女は一体なんなんだ?どうしてそんな優しい声で俺の名前を呼ぶ?聞きたいことが山ほど湧いてきた卓は、「あの、」と控えめに女性に声を掛けた。卓が浮ついた気持ちでいられたのはそこまでだった。 その家は、玄関を開けるとすぐに一直線の廊下が伸びていた。右側には二階に繋がる階段、左側にはリビングと思わしき広い部屋がある。卓の浮ついた気持ちを一気に覚ましたのは、女性が立つ廊下の、一番奥――どう目をこらしても””闇””しか見えないそこから、数えきれないほどの腕がゾワゾワと廊下沿いに伸び、一気に卓に向けて襲い掛かってきたのだ。腕は女性を器用に避け、真っすぐに卓を狙う。恐怖でヒュッと喉が鳴った。逃げなければ!と正気に戻った。だが振り返って玄関の扉を押してもビクともしない。押そうが、蹴ろうが、叩こうが、ガンガンと硬い音を鳴らすばかりでまったく動かない。玄関扉には縦に長く伸びるすりガラスがはめ込まれていた。手が痛むのも構わず、そこを叩いてみたが、ヒビすら入らない。どうしようどうしようどうしよう。伸びてきた手は卓の体に巻き付き、少しずつ、少しずつ力を込めて卓を抱き込んだ。ぐ、ぐ、とかかるその力が、卓自身を『廊下の奥』に引き込もうとしている――そう気付いた卓は更にパニック状態に陥った。 「誰か助けて!!!!!誰か!!!!!嫌だ!!!!!俺はそっちにはいかない!!!!!」 喉が擦り切れそうなほどの大声で訴えるものの、夢の中であるために、誰かが助けに入ってくれる可能性などゼロに等しい出来事だった。それでも卓はどうにか逃げ出したくて、ジタバタと全力で暴れる。絡みつく手はそれすらも楽しんでいるかのように、わざとゆっくり卓を引っ張り込んでいるようだった。あの女性は、と卓が廊下へ目をやると、女性は出迎えた時の姿勢のまま、少し頭を下げたような立ち姿で変わりなく立っていた。名前を呼んでくれたのだから味方になってくれるのではないか、というほんの少しの希望は、まったくの無意味だと悟った卓は、あちこちに手足をぶつけるのも構わずに暴れ続ける――だが、状況は何もよくならないどころか、確実に廊下へ引きずり込まれていることを悟り、あぁ、もう、どうしたらいいんだよ、これ。と一瞬の諦めが卓の脳裏によぎった。その時だった。廊下に立っていた女性がひとりでに吹っ飛んだのだ。すると卓に絡みついていた腕の力が一瞬緩み、その隙に卓は廊下の左側、リビングと思われる部屋に走り込んだ。玄関が開かない事は分かっている。だから別の部屋に行けば何かあるんじゃないかと踏んだのだが、そこにあったのはソファとテレビといったよくある生活用品の数々と――窓には、ここで卓の心は折れた。三度目は無理だよ、と。卓は腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。これが現実だったら、もしかしたら漏らしていたかもしれない。無意識に、ははは、と渇いた笑いが口をついて出た。顔だけで背後の様子を伺うと、吹っ飛んだ女性は体制を立て直し始めていた。彼女が元に戻ったら、また同じ腕が襲ってくるだろう。そう思うと先ほど感じた恐怖が再び心を支配し、どうにかこの『夢』から逃げ出す方法を考え出さねば、と勇気が再熱した。台所があるなら包丁とかで切ったり出来るのでは?窓の赤城先生はすっごい怖いけど、窓を割って走って逃げたらどうにかなるんじゃないか?頭の中でとにかく思いつく限りの可能性を考えていると、再び卓の頭に『こっち』と女の子の声が響いた。だが、先ほどの彼女の声とは違い、とても幼い印象の声だ。なんだ?と辺りを見回すと、リビングから見える階段から、小さな女の子が手招きしている。『こっち』再び聞こえた声は、どこか必死さを感じる声色だった。だが、階段に行くには””和服の女性””の前を通り抜けねばならない――そう迷った瞬間、再び女性が吹っ飛んだ。今度は廊下の奥に向かって、だ。まるで卓の思考を読んだかのようなタイミングに、卓は呆気に取られた。『クスクス』かすかに聞こえる笑い声にハッとして、階段に目をやる。女の子が口元に手を当てて笑っていた。まるで女性が吹っ飛ぶ様子を楽しんでいるかのようで……いや、とにかく今は逃げることを最優先にしよう。卓は気合いをいれてリビングから階段へ向かって走った。階段に辿り着いたあとは女の子に導かれるようにして2階にあがり、女の子がスルンと入っていった部屋に飛び込み、とりあえず勢いのまま扉を閉めた。扉を閉めて意味があるのかは分からないが、開けっ放しは怖くて落ち着かなかった。女の子は部屋の中で唯一の窓を指差し、ぴょんぴょんとその場で跳ねてみせた。窓にはトラウマがあるが、この部屋の窓はいたって普通の、一般的な窓だったため、特別恐怖を感じるような要素はなかった。両端にまとめられているカーテンがふわふわと揺れている事から、窓は開いているのだと分かる。風がないのにカーテンが揺れている事は、今はもうどうだっていい。女の子は繰り返し、窓を指差してぴょんぴょんと跳ねていた。――ここから飛べって事だろう。窓枠に手をかけ、下を覗き込んでみる。2階建ての家の高さは、思ったよりも高くて、意外と怖い。だが、今一番怖いのは階下にいる化け物共だ。さらにいえば、引きずり込まれそうになっていた廊下の奥の闇が一番怖い。それらと比べれば、この高さから飛び降りる事なんて造作もない……はずだ。卓は女の子に目を移し、確認するようにこう言った。 「ここから飛べば、起きるんだよな?」 女の子は両手を口元に当て、クスクスと笑った。これが回答なのか何なのかは分からないが、卓は女の子が助けてくれたと解釈し、覚悟を決め、飛んだ。 そうして卓は目を覚ましたのだった。やはり高所から落ちるというのは、夢であっても非常に怖かった。夢でも悲鳴を上げたが、まさか現実でも悲鳴をあげていたとは思わなかった。だがそれより何よりも驚いたのは、同じ部屋で寝ていた友人3人も同じタイミングで同じように悲鳴をあげて起きた事だった。何重にも驚き、そして冷静になればなるほど怖い出来事だった。卓は夢の内容をここまで鮮明に覚えていた。家の中、女性、伸びてくる腕、女の子――それらの要素が一体何を意味するのか知りたくなり、みんなの話に聞き入った。だが、夢の内容をしっかり覚えているのは卓だけだった。そう分かった途端、自分だけが違っている事に何か恐ろしい意味があるのではないかと思ってしまい、みんなに言えなくなった。それでも朝を迎える頃にはやっぱりみんなに聞いて欲しい……と情けなくとも優斗に『察して』を発動したものの、不発に終わってしまった。卓だけが消化不良のまま、ひとり取り残されてしまったのだ。それも何のヒントも得られないまま。こんな事なら鈴木にもっと詳しく話を聞くべきだったか……いや、鈴木が色々と余計な詮索や、アルバムの写真の指摘をした事が、状態をより悪化させた要因なのかもしれない。鈴木を嫌いたいわけではなかったが、今回ばかりは意地の悪い気持ちが湧いてきてしまった。卓はひとまず自室に戻り、ベッドに身を投げた。なんだかすごく疲れた……。睡眠不足の体に、寝慣れた自分のベッドは心地よかった。気付くと卓はすぅすぅと寝息をたてていた。その日は『呪いの家』の夢は見なかった。
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