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 家のなかに入るなり、焼き魚の匂いがくゆる。  えづきそうになるのをこらえて、僕はリビングに顔を出す。 「あら、(あき)(たつ)。今日、お友達の家でごはん食べてくるって言ってなかった?」  食卓に着いていた母が驚いて、僕を見つめる。 「……うん。そのつもりだったけど、(てつ)()が熱っぽいって言い出して。うつしたら悪いから、帰ってくれって言われて」 「まあ。徹也くん、心配ね。……今から、あんた用に何かおかず作るから、部屋で待っててくれる?」 「うん。お願い」  端的に答えて、食事の手を止めている父親に目をやる。  すぐに視線をそらして、僕はリビングを通り抜けて自室へと急いだが、後ろから声が聞こえてきた。 「秋立くんにも、困ったものだな。匂いだけで、青ざめていた」  彼は五年前に僕の父親になったひとなので、正確に言えば義父となる。彼のことは好きでも嫌いでもなかったが、義父が魚好きなのは悲運だった。  僕は魚を食べられない。匂いだけでも吐きそうになるぐらいだ。焼き魚も煮魚もだめで、刺身なんてもってのほか。  だから、母は僕がいるときには魚料理は作らなかった。  悪いことをしたと思う。今日は僕が夕食にいないから、父の大好きな焼き魚にしたのだろうに。  部屋に入って、ベッドに寝転んで口元を押さえた。  こんなにも『魚』がだめになったのには、僕が過去にやらかしたことが関係していた。 *
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