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 ある日曜日の朝。うろたえて、母が電話している声で目が覚めた。 「お母さん?」  僕は起き上がって、部屋の隅で応答する母を見つめる。 「……このたびは、本当にご愁傷様です。はい、秋立に伝えます」  電話を切って、母は僕に向き直った。 「秋立。落ち着いて、よく聞いてね。――透くんが、亡くなったわ」 「え……? どうして!」 「事故だったみたい。今日の夜明け頃、出かけたんだって。そしたら、酔っ払い運転の車に、ひかれて……」 「うそだ、お母さん。透が死ぬはず、ないじゃんか」 「秋立。今夜はお通夜に、行きましょうね」  僕も母も、お互いの言葉を聞いていなかった。  透が、死んだ。  受け止めるには、重すぎる事実だった。  その夜、お通夜に行って、次の日はお葬式に参列した。  棺に入った透の顔は真っ白だったが、特に傷などは見当たらず、今にも起き上がって「なんで、俺死んでることになってるわけ?」なんて言いそうだった。  透が死んでから、僕は海釣りに行かなくなった。  マリンに会えば、透を思い出す。マリンも、透がいないことに気づいて不思議がるだろう。でも、僕らは言葉が通じない。透が死んだ、ってどう説明すればいいかわからない。だから、僕はマリンとの再会を拒んでいた。  透の葬式から二週間経った日曜日、僕は図書館に行って暇をつぶすことにした。  なんとなく人魚のことを調べようと思って、『人魚の伝承』という本を手に取り、閲覧室の椅子に座って、本を広げた。  人魚について、たくさんの逸話が書かれていた。その肉が不老不死になることや……災いを呼ぶと恐れられていたことも。  透が死んだのは、人魚が呼んだ災いのせいだったのではないか?  そう考えると、ひどく納得できる気がした。  僕の胸には、憎しみの炎が燃え始めていた。  どうせなら、高く売りつけてやろうと考えた僕は、図書館の司書さんに「魚について、もっと知りたくて。魚を研究しているひとに会いたいのだけど、どうすればいいですか?」と尋ねた。  司書さんはすぐにデスクトップパソコンのキーボードを叩いて、近くの大学に勤めている教授の名前を教えてくれた。更に司書さんは、大学のホームページに記されていた、水産学部の電話番号と大学の住所をメモして、そのメモ用紙を僕に渡してくれる。 「ここに電話したら、教えてくれると思うわ。学校名もちゃんと言って、名乗るのよ」 「歩いて行けない距離ですか?」 「直接行くのは、迷惑だと思うわ。ここから近いから、行けるのは行けるけど……」  司書さんから受け取ったメモ用紙をポケットに突っ込んで、僕は図書館から出た。  困ったことに、僕の家には家電話がなかった。電話は、母のスマホだけだ。母のスマホから大学にかけるのは、気が引けた。  僕は徒歩で、大学に向かおうと決めた。  次の日、学校が終わってすぐ、僕は大学を目指して歩き始めた。  一時間ぐらい歩いただろうか。初夏の陽気のせいもあり、僕は大学に着いたときには汗だくになっていた。  立派な門の前でもじもじしていると、守衛さんが声をかけてきた。 「坊や。何か用かい? 誰か待ってるの?」  初老の守衛さんは優しそうで、僕は緊張を解いて彼に向き合った。 「水産学部の、(ざい)(ぜん)先生に会いたいんですけど」 「財前教授に? アポ取ってる? あ、アポって会う約束のことね」 「……取ってません。珍しい魚を見つけたから、どうしても見てもらいたくて」 「うーん……。まあ、聞いてみるから待っておきなさい」  守衛さんは警備室に入って、電話をかけていた。ガラス張りだから、よく見える。守衛さんの渋い顔が、驚いたような表情に変わる。 「会ってもいいそうだ。ちょうど講義のない時間だったみたいで、ラッキーだったね、君。水産学部は、まっすぐ進んだところにある、大きな建物にあるから。その三階に、研究室がある」  守衛さんは親切に道案内までしてくれた。  ありがとうございます、と礼を言って、僕は大学のなかに入った。  財前というネームプレートがかかっていたので、会いたい教授の研究室はすぐにわかった。 「すみません」  ノックをすると、クマみたいな体の大きい男のひとがドアを開けてくれた。 「君か。私に会いたい小学生、ってのは」 「はい」 「珍しい魚を見てもらいたいんだって? さあ、入って」  研究室のなかに招き入れられる。机は雑多な書類や本で埋め尽くされており、かろうじて空いていたスペースに、僕はランドセルを置いて、透がプリントしてくれたマリンの写真を取りだした。 「んん? それは魚じゃないよ。人間じゃないか」 「いえ、魚です。人魚です」 「人魚お!? よくできた合成だが……しかし」  財前教授は僕から写真をひったくり、しげしげと眺めた。 「坊主。大人をからかうもんじゃないよ。よくできた、美しい合成写真だが……」 「合成じゃありません。本物です。疑うなら、僕についてきてください。マリンは僕を見たら、出てくるから。警戒するかもしれないから、教授は隠れていてください」  僕が自信満々に言い切ると、財前教授はしばし考え込んでいた。 「まあ……今日は暇だから、君に付き合ってあげよう。だが、うそだとわかったら猛烈に怒るぞ。それでいいんだな?」  クマのような教授に怒られるところを想像して、僕は身をすくめたが、すぐにうなずいた。 「あの、人魚が本当だったら僕ってお金をもらえますか? 僕のうち、貧乏で……」 「うん? そりゃあ、本物の人魚なら大発見だからね。政府から君の家に振り込まれるだろうよ」  透の敵を取れて、更にお金ももらえるなんて。嬉しいことばかりだ。
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