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17:30 キッチン
「ただいまぁ」
返事を期待したわけでもなく、公子は玄関で帰宅を告げた。夫と息子が帰るにはまだ早いし、娘は母親の所在になど興味がない。顔を合わせれば「おかえり」くらい言うとは思うが、家にいるとしても自室でマニキュアでも塗っているだろう。
「あっつぃ……」
買い物袋を冷蔵庫の前に置き、手の甲で汗を拭う。外も相当な暑さだが、閉め切った家はまるで二階建てのサウナだ。
「平凡な四人家族が住む築30年のボロ家に、泥棒なんか来ないわよ」
娘のユキナはそう言うが、公子は窓を開けっぱなしで家を出るのには抵抗があった。
掃き出し窓の向こうに、すっかり乾いたであろう洗濯物が揺れている。
休む前に取り込んでしまおう。一度座れば、立ち上がるのが余計に面倒になる。
クレセント錠をはずし、窓を開けたとき。
外から伸びてきた手が、公子の首を強く掴んだ。
「えっ?」
誰何する暇もなかった。
全身黒ずくめの男が、公子の首を絞め上げながら部屋に押し入ってくる。
「ぐ……ぇ……っ」
容赦ない男の腕力は、公子が声を上げることも許さない。小柄な体を半ば宙吊りにされ、公子は白目をむいて意識を失った。
「お邪魔しまぁす」
脱力した公子の首をなおも絞めながら、侵入者が呑気に呟く。男は隣接したキッチンに視線を投げ、大型の冷蔵庫に目を細めた。
「ひひ……っ」
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