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19:10 バスルーム
「マジ勘弁なんだけどぉ」
早くエアコンのきいた部屋でゆっくりしたい、そう思いながら帰宅したユキナを待っていたのは、蒸し風呂のようなリビングだった。
狭い庭には洗濯物が揺れていて、母親が在宅していないことは明らかだ。
「最悪ピーヤ」
暑いリビングに用はない。部屋の大きさを考えても、自室の冷房をつけた方が早く冷えるに決まっている。
「ご飯はどーすんのよぉ」
悪態をつきながら廊下を進む。洗面所の前を通るとき、ユキナは習慣的に顔を横向けた。鏡のある場所で自分の姿をチェックするのは、物心ついた頃からの習慣だ。
髪、ヨシ。胸、ヨシ。くびれ、ヨシ。
他の追随を許さない、完璧な美。
唇とまつ毛も確認しようと、鏡に顔を近づけた刹那。ユキナは腕を掴まれ、バスルームに引きずり込まれた。
「あ……っ!?」
浴槽には、半分ほど水が入っている。身の危険を感じたときにはもう、ユキナの顔はその中に沈められていた。
後頭部を押さえる、大きな手。どんなにもがいても、頭を上げることができない。暴れる両手は背後の男にかすりもせず、無意味に水飛沫をあげるばかりだ。
ユキナが動かなくなるまでに、2分とかからなかった。細い四肢は脱力して垂れ下がり、長い茶髪が水中花のように水面に広がり揺れている。
「ひひ……っ」
男は指に絡みついたユキナの毛を払い、革手袋をめくって腕時計を確認した。
「『お父さん』が帰ってくるまでに、濡れたとこ乾くかなぁ」
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