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「ねぇ『お父さん』、半年も一緒に暮らして、情が移ったりしなかったの?」
jaMが愛用のアイスピックを指先で弄びながら、いつもの女言葉で聞いた。彼は青白い肌にえくぼを浮かべ、親ほど歳上の恩田を見下ろしている。
「馬鹿をいうな」
無表情で唾棄した恩田に、jaMが目を細めた。顔に笑みを貼り付けたたまま、二重スパイの視線や指先の動きを、じっと観察しているのだ。
嘘も偽りもない。
俺は絶対に、敵国を許さない。
恩田は冷たい炎を宿した目で、jaMを睨んだ。
戦争放棄を決めた戦後の日本に、平和だった時代など存在しないことを、恩田は知っている。いやおそらく、真に平和な国など、この世界のどこにもないのだろう。
恩田は五歳のとき、自宅に侵入した何者かに家族を奪われ、穀物袋に押し込まれて海を渡った。彼を待っていたのは、敵国での集団生活と英才教育。怯え泣いていた子どもたちが次々と忠実な工作員に変貌していく中、恩田は一人密かに、復讐心を燃やし続けた。
両親と妹の無惨な姿は、今でも眼裏に焼き付いている。
平凡だがあたたかい、幸せな家族だった。
恩田の中で燃える炎は、繰り返し洗脳を受けても、消えることがなかったのだ。
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