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「ケホッ」
バスルームから、小さな咳が聞こえた。
恩田が振り向いたときにはもう、姿勢を低くしたjaMがドアを開けていた。
「ひぃ……っ!」
化粧が半端に落ち、髪の乱れた娘が、蒼白な顔をこちらに向けている。マニキュアを塗った白魚のような手が、豊かな胸の前で震えていた。
「お父さん……助けて……」
涙を溜めたユキナの目が、濡れた髪の隙間から恩田を見上げている。この窮地を自力で切り抜けるのは無理だと、さすがに分かっているらしい。
「仕留め損なっているじゃないか」
恩田の冷ややかな視線を受け、jaMがチェシャ猫のように顔を歪めた。
「死んだふりなんて、ふざけたことしてくれるじゃん……」
手練れの暗殺者が、世にも楽しげにアイスピックをくるくる回す。
「お父、さん……」
一縷の望みに縋って自分を呼ぶユキナから、恩田は目を逸らした。
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