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20:00 玄関
「やっぱり情が移ってるじゃないの」
簡単な後始末をしてから靴を履くと、玄関で待っていたjaMが恩田に言った。三人の遺体にそれぞれ短い謝罪と別れを告げたことを、揶揄しているらしい。
「そんなことはないさ。でも、人間は木の股から生まれるわけじゃない」
「だから?」
「誰もが、誰かの大切な家族かもしれないんだ」
自分が奪われたからと言って、他人の家族を奪っていいことにはならない。恩田は敵国を憎んではいるが、工作員全員に殺意を抱くほど、馬鹿ではないつもりだ。
「個人的な話なんか、したことはないけどな」
家族として暮らしながら、家族の話などできない、矛盾した関係だった。近所に聞かせるための「役割に則したセリフ」以外を口にすることはなく、詮索も干渉も許されなかった同居人。
「ユキナは最後まで、靴を揃えなかったか」
恩田の視線の先には、主人を失った靴が、持ち主の性格を反映したまま取り残されている。
隅に寄せられたスリッポンは、「お母さん」のものだ。本当の母親のように、毎日家族の体調を気遣い食事を作ってくれた公子。唐揚げと麻婆茄子が絶品だった。
エリート意識の高いタクは、ピカピカに磨いた革靴を中央に揃えている。寡黙な青年だったが、「家族団欒の演出」以外の時間も、人恋しいのかリビングにいることが多かった。
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