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臓
私は彼女の家、天方家の家政婦の座に収まった。少なくとも自分では、自身を彼女と同等の存在、家族の一員だと思ったことは無かった。
彼女が両親に私の事をどう説明したのかは聞いていない。友達が家が無くて困っている、ぐらいの緩い説明で納得したというのも彼女を見ていれば有り得そうだし、もしかすると彼女もあの両親の実子ではなく、身寄りのない子供を育てる酔狂な趣味の大人だったのかもしれない。
簡単な家事と彼女の遊び相手が私の仕事であり、報酬は衣食住と教育だった。毎日、一食も欠かすことなく彼女と同じものを口に含んだ。同じ量、同じ時間。彼女が私の食べる姿を見て嬉しそうにする理由が知りたかったから。
彼女が学校から帰ると宿題を見て、眠る前には一緒に本を読んだ。
初めて同じ部屋で眠った夜、差し出された「不思議の国のアリス」を言葉の意味も理解せず読み上げた事を、今でも思い出せる。そのお陰で今でもあの本の一節を暗唱できるが、未だに意味は分からない。あの文章は教訓的な物語ではなく、数学者が知人の子供に即興で語った言葉遊びを纏めたもので、原文からして解読しづらいのだと後に教えてくれたのは父親だったか母親だったか。
私にドジソンの10分の1でも語りの才能が有れば良かったのだが、無いものは仕方ないので私は彼女に繰り返し不思議の国のアリスを読み聞かせたのだった。その度にウサギはアリスを一瞥もせず走り出し、アリスは後先考えずそれを追うのだった。
変わりばえしない語りに彼女が飽きる少し手前という気配を察すると、出会った日のように手を繋いで色々な場所に行った。両親はチケット代を出すだけだった。
若くして死んだ憐れな扉の先は、よく彼女と訪れた博物館、正確にはその前の広場。来るたびに色々な大道芸が催されていた場所だ。色んなことを学べるから、と彼女の両親は私たちが博物館に行く事を歓迎していたが、彼女が楽しみにしているのは大道芸の方だったように見えた。
コインの目とトランプの歯を丸めたロープの肌にくっ付けた奇術師が真ん中を陣取って客を引いている。
確か、人体の構造についての特別展に行った帰りだったように思う。ホルマリンに漬けられた寄生虫を哀れに思うことぐらいは有れど、命を失った内臓の造形に面白みを見出すにはまだ、私も彼女も幼すぎた。よくわかんなかったね、と言う彼女に生返事を返しながら私は頭痛に耐えていた。
企画展は、展示物の前に備え付けられたボタンを押すと音声案内が流れる親切な仕様だった。しかし、先立って入っていた遠足児童の集団がでたらめにボタンを押しまくったらしく、館内には解説音声の断片が飛び回って、私の脳を容赦なく刺した。
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