夏が交差する

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「なあ、このマンションに決めないか?」  挙式をその年の秋に控えた、7月。俺と婚約者の沙織は、新婚生活をはじめる住居選びに暇がなかった。  いま、俺たちが居るのは、駅から徒歩10分の築5年の賃貸マンションだ。部屋は南向きで、夏のひかりが、さあっ、とリビングに差し込んでくる。3DKの部屋は綺麗だし、システムキッチンも使い勝手が良さそうだし、もちろん事故物件でもないのは、不動産屋に確認済みだ。  階数は5階。日当たりも良く、休みの日はベランダで野菜を育てるのも良いな、なんて、俺は早くも、ここでの新婚生活の様子を夢想する。 「そうね、明るくてとても良い部屋ね。だけど……」  そう言いながら沙織は、スマホの画面に向かいきりだ。ずーっと、なにかを検索しているのか、液晶画面を忙しく指で操っている。俺は思わず沙織に近づくと、その画面を覗き込む。その画面に浮かんでいたのは、このマンションのある堀北市のHPだった。 「ん? それ、ここの市のHP?」 「うん、ここ住んだことないから、行政サービスがどんな感じか気になって」  俺は感心した。普通、新居選びに浮かれていたら、そんな確認はおろそかになってしまうものではないだろうか。というか、俺自身、そんな痒い所に気を回せていなかった。俺は少し反省を込めつつ、だが、沙織への溢れる愛情を込めて、スマホを弄くる沙織を背後から抱きしめた。 「しっかり者だな。沙織のそういう所が好きだよ」 「やだ、文之。不動産屋さん、戻ってくるわよ……ん、よし、と」  沙織は照れて顔を赤くしながら俺の腕から逃れると、何かを検索していたのを終えた様子で、スマホをハンドバッグに戻すと深く頷いた。
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