夏が交差する

2/8
前へ
/8ページ
次へ
「うん、文之。ここでいいよ。ここに住もう」 「いいのか? 調べたいことは分かったのか?」 「ええ、調べたわ。もう大丈夫よ」  沙織は微笑んだ。そして、今度は自分から俺の腕の中に飛び込んでくる。沙織の柔らかい肢体が俺の胸板に触れる。 「私、幸せよ、ここで文之と新しい家庭を築けるなんて」 「俺もだよ、沙織」  俺は沙織の大胆な行動に少しどきり、としながら彼女を受け止めた。何もない部屋に俺たちの重なり合った影が伸びる。  幸せだな、と俺も心から感慨を噛みしめる。時刻はもう正午、真昼のひかりが眩しい。俺は目を細めながら窓の外に視線を放った。すると、遥か遠くに観覧車のシルエットが夏空に浮かんでいるのが見えた。  俺はそれを見ながら、野菜を育てるのも良いけど、休日はふたりで遊園地デートなんかも初々しくて良いな、など、心ここにあらずといった胸中で考えた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加