夏が交差する

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「……あれはね、私が12歳の頃の話。隣の家に美葉(みよ)ちゃん、って女の子が越してきたのね、私より6歳年下の」  ……数時間後、漸く落ち着きを取り戻した沙織が話したのは、こんな過去の体験だった。 「美葉ちゃんは、登校班も一緒になった私に、とても、なついてくれて。その年の夏休み、私は美葉ちゃんを街のあちこちに案内と称して連れていってあげるのが日課になったのね。だから、子どもたちみんなが毎年楽しみにしている、市が開催する花火大会にも連れて行ってあげることになったのよ、ふたりで浴衣を着てね。帯もおそろいの結び方にして貰って」  ぽつり、ぽつりと語る沙織の瞳からは、いつもの生気がまったく消えている。 「私たちは縁日を巡って、金魚すくいをして、リンゴ飴なんかも買って。そしてね、いよいよ、夜空に打ち上げ花火がね、ど-ん、どーん、どん、って上がりはじめたの。赤、緑、金の火花が闇に散って……それはそれは綺麗だった……美葉ちゃんと私は手を繋ぎながら人のごったかえす中、上を向いたまま花火に見とれたわ……いえ、見とれていた、と思うの」  沙織はそこで一旦言葉を切った。そして、少しの間を置くと、一気に積年の思いを吐き出すかのように言葉を継いだ。 「……と思うの……というのは、気付いたときには、美葉ちゃんの掌は私からの手から離れてしまっていたの。私は慌てて美葉ちゃんを探しに人混みの中を駆けた。浴衣の裾が乱れて、下駄が片方脱げてしまったのにも構わずに、私は美葉ちゃんの名を叫んでお祭りのなかを駆け回った。そのときも、どーん、どん、どんって頭上で打ち上げ花火は上がっていたけど、もうそんなの見ている余裕はなかった。ただ高まる心臓の鼓動に、その音が共鳴して、私の小さな身体にずんずんと響き渡っていたのは覚えている……でも、美葉ちゃんを見つけることが出来なかったの、私は。……そして、翌朝、お祭り広場の近くの貯水池に、美葉ちゃんの遺体が浮かんでいるのを警察が発見したのよ」
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