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どーん、どん、どーん、どん。
8月も後半になったが、今晩も遠くの遊園地から花火の音が響く。俺は家路を急いでいた。
あれから、帰宅して見る沙織の瞳は常に泣き濡れている。一刻も早く、帰宅して沙織の傍に居てやりたかったが、俺も会社の仕事が多忙を極めていて、なかなかそれも叶わない。
「帰ったよ、沙織」
俺は極力、声に明るさをこめて、マンション5階の自宅のドアのインターホンを押す。だが、その日は様子が違った。俺は返事のないインターホンに違和感を感じて、ドアノブを捻る。鍵は、かかっていなかった。俺は嫌な予感に、冷や汗が吹き出る感触を背中に感じながら、真っ暗な部屋に身体を滑り込ませる。沙織はいなかった。広くもない家のどこを探しても、彼女の姿は見えなかった。
「沙織?! どこだ?」
どーん、どーん、どん、どん。
どーん、どん、どーん。
窓の外からは鈍い花火の音が聞えてくる。
ああ、嫌な音だ。耳を塞ぎたくなる……!
と、そのとき、俺の足が何かに触れた。拾い上げてみれば、それは地図部分が乱暴に破り取られた、「堀北ドリームパーク」の折り込みチラシだった。
どーん、どん。どーん。どーん。
俺はそのまま駅に逆戻りに駆け戻ると「堀北ドリームパーク」の最寄り駅に停車する特急に飛び乗った。25分ほどで目的の駅に着き、俺は改札を出るとすぐ前にゲートを広げる遊園地のなかに駆け込んだ。
「お客さん、花火大会、今日はもうあと15分で終わりだけど、いいんですか?」
入り口のスタッフが怪訝な顔をしながら買い求めた俺のチケットをもぎる。俺はそれには無言で、花火をすでに堪能して、駅への帰路を辿りはじめている見物客の人波に逆流するかたちで、走り出した。
しかし、沙織はどこにいるのか。
というか、沙織は本当にここに居るのか。
今更のように戸惑う俺の頭上を、どーん、どーんと大きな音を上げて、鮮やかな色の大きな花火の輪が、立て続けに爆ぜる。
ライトアップされた観覧車。メリーゴーランドにコーヒーカップ。すべてのイルミネーションが、俺をあざ笑うかのようにきらきらと眩しく躍る。そのなかに、なにか、見覚えのある人影を見たような気がして、俺は立ち止まった。
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