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くるくる回るコーヒーカップのなかに、沙織がいた。それも、ひとりではなく、小さな女の子を連れて。
やがて、コーヒーカップが止まり、沙織は見知らぬ女の子の手を引きながら、笑顔で降りてくる。
「沙織! 何やっているんだ!」
沙織のまえに立ち塞がった俺は、声の限りに叫んだが、沙織はなぜか虚ろな目で俺を凝視するだけだ。だがそれも一瞬のことで、次の瞬間、沙織は女の子をひょいと抱き上げた。途端に女の子が火の付いたように泣き出す。だが沙織はそれに構う様子も無く、引きつった笑いをその顔に浮かべている。
変わらず空からは、花火の音が、降り止まない。
どーん、どん、どん、どーん。
どーん、どん、どーん、どーん。
すると、沙織が突然、その音に抗うように天に向かって叫んだのだ。
怯えるような、まるで誰かに許しを請うような、震える声音で。
「……やめて! いま、美葉ちゃんといっしょに帰るから! いま、おうちに帰るから!」
そして、呆然とした俺の顔を、きっ、と睨むやいなや、大きな声で喚きながら俺に勢いよく体当たりしてきた。
「あなたなんかに、美葉ちゃんを、渡さない!」
腹に鈍い痛みが走った。
なにか刃物で刺されたな、そう判断する間もなく、俺は、その身を、どさり、と地べたに転がせる。
どーん。どーん、どーん、どん。
地べたに転がった俺の真上に浮かぶ夜空を、打ち上げ花火のひかりが、次々にぱあっ、ぱあっ、と、照らす。
「あははははっ」
沙織の狂った笑い声が、花火のひかりと音に重なる。
「さあ、美葉ちゃん、これで大丈夫。いっしょにおうちに、帰ろうね」
どーん、どん、どん、どーん……
どーん、どん、ど、ど……
打ち上げ花火のひかりと音、女の子の激しく泣き叫ぶ声、そして、沙織の高笑いが、ゆっくり、ゆっくりと意識から遠ざかっていく。
……俺の記憶はそこで途切れた。
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