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触れる
* * *
今日も彼、穂積は相変わらず具合の悪そうな顔でぐったりと横たわっている。
夏休み明けから二週間彼は昼休み保健室にはいなかった。
それは彼の体調が良いという意味で、とても良い事の筈なのにどこか心は晴れなかった。
彼のクラスの前を通る時につい穂積を探してしまう。
一瞬目が合った気がしてそんなはずはないと思い直す。
穂積は俺の事を知らないのだからこちらを見ているはずが無いのだ。
そんな日が何度か続いて変な偶然もあるもんだと思っていた。
だからという訳ではない。
多分彼がここでぐったりと眠っていることに俺は何の関係もないし、相変わらず彼はきっと俺の事を知らない。
見下ろした穂積はじっとりと汗をかいていて髪の毛が額に張り付いていた。
気持ち悪いだろうと思った。
多分最初に脳裏に浮かんだのはそれだけだった。
衝動的に穂積に手をのばしていた。
彼の髪の毛を撫でて額に張り付いたそれを横に撫でつける。
彼の肌は思ったより熱い訳でも冷たい訳でもなく、俺と同じ位の暑さだった。
別にいい香りがした訳でも肌がすべすべだった訳でもない。
同じ男の肌で、同じ位の体温で少し汗ばんでいる。
多分俺の掌も汗ばんでいる気がする。
ドッ、ドッ、ドッと自分の胸の鼓動がやけに大きく聞こえる。
手放しがたくて思わず彼の頬を撫でる。
心臓の鼓動はまるで警告音の様なのに自分の行動を止められそうにない。
筋の目立つ首筋をそっとなぞった後、吸い寄せられるように顔を近づける。
唇が触れる直前、これではいけないとようやく留まる。
目の前には穂積の顔があって、自分は何をしでかそうとしていたのか、ようやく気が付く。
なんで、こんなことをしようとしたのか……。
そんなもん考えなくても分かる。
多分、そういう事なんだろう。
心臓の音はもはや体中で鳴っているんじゃないかっていう位響いていて顔もほてっている気がする。
「なーんだ。キスしないんだ」
遠くで彼の声を聞いたことは何度もあった。
だからすぐにそれが穂積の声だと分かった。
けれど、パチリと目を開けた彼が言うべき言葉は『どけよ変態』なのではないだろうか。
一瞬何を言われたか分からなくなって固まってしまった。
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