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知っているよ※視点変更
珍しく体調がいい日が続いて、保健室に行く日も少なくなっていた。
それは喜ばしい事だけれど、一つだけ引っかかっていることがある。
あの保健委員と会う事が無くなってしまったことだ。
クラスメイトに彼の名前を尋ねると粟田だと教わった。
彼とは時々目が合う事に気が付く。
元気になったのだろうかという心配の色はその瞳からは見て取れない。
だけど、僕達は別に友達でもなんでもない。
気軽に声をかけあうような仲ではないのでただ少しの間視線が絡むだけだ。
それだけの筈なのに、何となく居心地が悪い。
そんな感じがここのところ強くなっている。いや、強くなっているのは粟田の射貫く様な視線なのだけれど、それと比例するようにとても居心地が悪い。
だけど、それを誰かに相談するつもりも無くてただ、日々が過ぎて行った。
あー、これはこのままもう彼に会う事は無いかもしれない。
そう思った矢先、久々に倒れてしまった。
その日も彼の当番の日で、彼は多分いつもの様に僕を眺めていたのだと思う。
いつもと違ったのは、多分、粟田が俺に触れてきたこと。
触れられた感触で意識が覚醒したのだけれど、身じろぎをしなかった自分を褒めてやりたい。
彼は俺の額から髪の毛を避けるとそのまま、額に触れて、頬を撫で顎に指を這わせたあと、首筋に触れた。
ゾクリという感触がしたけれど、それは嫌悪感ではない事に気が付く。
目は閉じているので今彼がどんな顔をしているのか分からない。
頬にあたたかな空気の気配を感じた。
それが粟田の吐息だと気が付くのに数秒の時間がかかった。
粟田の顔が僕の顔の近くにある。
本能でそう判断した瞬間、心臓が一瞬強く鼓動を打った。
けれど、そこからしばらく何の変化も無くて、少しだけ彼の気配が遠くなる。
そこで思わず目を開けてしまった。
「なーんだ。キスしないんだ」
自分の口をついた言葉に、少しだけ自分でも驚く。
まるで僕の言葉じゃないみたいだった。
目の前、かなり近くにいる彼も驚いた顔をしている。
彼は僕が時々彼の存在に気が付いていたことを知らない。
今日も、それより前の日も。
「知っているよ」
驚いた顔から、変な顔になっている粟田にそう言うと、唸るような声で「……いつから」と答えた。
僕は少しばかりおかしくなって笑ってしまった。
じゃあ、僕の秘密を教えてあげようか。
彼がキスをしようとしたことを否定しなかったのでなんだかちょっとテンションが高い事はまだ秘密だ。
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