2020年1月

2/2
前へ
/76ページ
次へ
 最寄り駅からマンションまでは徒歩七分ほどで、ちょうど中間あたりにコンビニがある。夕方の時間帯にあたってしまって、人通りが多い。  玲奈は安物のキャリーをがらがらと盛大な音を立てながら引いていく。せまい通りでならんで歩くわけにもいかず、森は玲奈の後をついていく。  コンビニの前で、玲奈は立ち止まって森を振りかえった。森がうなづいてコンビニに入る。玲奈は森にキャリーをあずけて、カゴを手にとった。 「腹がへったな。しっかりメシが食べたい」  そういって焼き肉ののった弁当を選んだ。玲奈はオムライス。サラダと漬物を追加した。  酒はなににしようと冷蔵庫に手をかけたとき、はたと思いついてしまった。 (コンドームってここで買うのか? あたしが?)  そのまま、フリーズしていたらしい。 「俺が持ってるからだいじょうぶだよ」  頭の上から声がして、びくっと振りかえると、いつのまにか森が後ろに立っていた。 「あっ。なんで」 「わかりやすいんだよ、きみは。女の子はそういう心配はしなくていいの」 「はい」  赤面。  コンビニを出て、マンションに近づくと急に緊張感が増す。部屋を出る前に、掃除をすませてきれいに片づけてきたから、抜かりはないと思うけれど。 「あー、なんか緊張する……」  先に森にいわれてしまった。 「そんなに立派な部屋じゃないよ」  そこで、はっと気がつた。  コミックがずらりと並んでいるけれど、あれはいいのだろうか。しかもほとんど青年誌のものだ。  ひかれたらどうしよう。急に不安になってきた。 「あのー」 「なに?」 「まんがって読みます?」 「急に敬語? 読まなくはないけど。まんががなに?」 「いやー、うちにコミックがあるんですが、そういうのどうなのかなあって」 「人の趣向に口出しする気はないよ」 「そうですか。ならいいです」 「だからなんで敬語なの。あっ、エロまんがとか?」 「いえ、ふつうに映画化もされてるメジャーなヤツですが」 「じゃあ、いいじゃん」  マンションについて、エレベーターのボタンを押す。四階について部屋の前まで歩く。廊下に反響してがらがらがいっそう響く。  がちゃ。  ドアを開ける。 「どうぞ」 「おじゃまします」  だいたい、どういう手順で進めるものだろうか。ビールでも飲みながらごはんを食べて。お風呂に入って。それから? 泊りが決まってから玲奈は悩んでいたのだが。  ドアが閉まったとたん、いきなり襲われた。 「ええっ! 急に! ここで!」 「うん、ここで。がまんしている男の気持、わかる?」  ぎゅう、と抱きしめたまま耳元で森がささやく。 「……ワ、ワカリマセン」 「じゃあ、だまって襲われて?」  ひゃ――! 「じゃあね、玲奈」 「またね、悠人君」  正月休みの最後の二日間を玲奈の部屋ですごして、悠人は帰っていった。  悠人がいなくなると、急に部屋が広くなった気がする。部屋のそこかしこに悠人の痕跡があった。悠人が使ったマグカップ。クッション。スリッパ。まくら。  それらはこの二日間で、悠人のものとして、すっかり部屋になじんでいた。 「最初からいたみたい」  思わず玲奈は口に出した。それから、しばらく悠人のまくらをかかえて余韻に浸っていた。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

163人が本棚に入れています
本棚に追加