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最寄り駅からマンションまでは徒歩七分ほどで、ちょうど中間あたりにコンビニがある。夕方の時間帯にあたってしまって、人通りが多い。
玲奈は安物のキャリーをがらがらと盛大な音を立てながら引いていく。せまい通りでならんで歩くわけにもいかず、森は玲奈の後をついていく。
コンビニの前で、玲奈は立ち止まって森を振りかえった。森がうなづいてコンビニに入る。玲奈は森にキャリーをあずけて、カゴを手にとった。
「腹がへったな。しっかりメシが食べたい」
そういって焼き肉ののった弁当を選んだ。玲奈はオムライス。サラダと漬物を追加した。
酒はなににしようと冷蔵庫に手をかけたとき、はたと思いついてしまった。
(コンドームってここで買うのか? あたしが?)
そのまま、フリーズしていたらしい。
「俺が持ってるからだいじょうぶだよ」
頭の上から声がして、びくっと振りかえると、いつのまにか森が後ろに立っていた。
「あっ。なんで」
「わかりやすいんだよ、きみは。女の子はそういう心配はしなくていいの」
「はい」
赤面。
コンビニを出て、マンションに近づくと急に緊張感が増す。部屋を出る前に、掃除をすませてきれいに片づけてきたから、抜かりはないと思うけれど。
「あー、なんか緊張する……」
先に森にいわれてしまった。
「そんなに立派な部屋じゃないよ」
そこで、はっと気がつた。
コミックがずらりと並んでいるけれど、あれはいいのだろうか。しかもほとんど青年誌のものだ。
ひかれたらどうしよう。急に不安になってきた。
「あのー」
「なに?」
「まんがって読みます?」
「急に敬語? 読まなくはないけど。まんががなに?」
「いやー、うちにコミックがあるんですが、そういうのどうなのかなあって」
「人の趣向に口出しする気はないよ」
「そうですか。ならいいです」
「だからなんで敬語なの。あっ、エロまんがとか?」
「いえ、ふつうに映画化もされてるメジャーなヤツですが」
「じゃあ、いいじゃん」
マンションについて、エレベーターのボタンを押す。四階について部屋の前まで歩く。廊下に反響してがらがらがいっそう響く。
がちゃ。
ドアを開ける。
「どうぞ」
「おじゃまします」
だいたい、どういう手順で進めるものだろうか。ビールでも飲みながらごはんを食べて。お風呂に入って。それから? 泊りが決まってから玲奈は悩んでいたのだが。
ドアが閉まったとたん、いきなり襲われた。
「ええっ! 急に! ここで!」
「うん、ここで。がまんしている男の気持、わかる?」
ぎゅう、と抱きしめたまま耳元で森がささやく。
「……ワ、ワカリマセン」
「じゃあ、だまって襲われて?」
ひゃ――!
「じゃあね、玲奈」
「またね、悠人君」
正月休みの最後の二日間を玲奈の部屋ですごして、悠人は帰っていった。
悠人がいなくなると、急に部屋が広くなった気がする。部屋のそこかしこに悠人の痕跡があった。悠人が使ったマグカップ。クッション。スリッパ。まくら。
それらはこの二日間で、悠人のものとして、すっかり部屋になじんでいた。
「最初からいたみたい」
思わず玲奈は口に出した。それから、しばらく悠人のまくらをかかえて余韻に浸っていた。
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