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2020年3月
結局食器選びはうやむやになってしまい、玲奈と悠人は青山のカフェで一休みしていた。
「結婚て、はやくない?」
正直なところ、玲奈はつき合いはじめで楽しくてしょうがなかったので、結婚なんて考えもしていなかった。
「だってずっといっしょにいたいじゃん。それに二人で住んだほうが、いいところに住めるし。あ、会社の借り上げなんだけどね」
ずっといっしょにいたい、なんていわれて、一瞬ぽうっとなってしまったけれど、玲奈は頭をふる。冷静になろう。
「まだ会って二か月かそこらだよ。もう少したってからでもよくない?」
「愛に時間は関係ないよ。俺はじめに会ったときから決めてたんだ」
この人は、くさいセリフを平気でいうな、と玲奈は思う。
「えっ。そうだったの? ぜんぜんわからなかった」
「それはそうだよ。だって最初からぐいぐいこられたら、ひくでしょ」
「……そうね」
「俺、必死に抑えてたんだよ」
そうだったのか。なんか、照れるな。
「それにさ、光熱費とか食費も二人のほうが安くなると思うんだよね。すくなくとも、パソコンの回線とWiFiはひとつですむよね」
「そうね」
「俺、はやく引っ越したいんだよ。あの部屋から」
「そうね」
悠人の部屋は築四十年のボロアパートで、かろうじてバストイレ付きだ。大手企業に勤めているんだから、もっといいところに住めるだろうに、と玲奈がいうと、悠人曰く、
「女の子って、ちょっと仲よくなると、すぐに部屋に来たいっていうじゃない。部屋にまで来られたくないんだよ。このアパートにつれてくると、たいていの子は入らないで帰るから。中には入った猛者もいるけど、まあ、すぐに帰ったよね」
とんだモテ自慢をされてしまった。その対策は、おかしいと思わなかったのだろうか。
そんな事情だけれど、本人は決して好きで住んでいるわけではない。玲奈は事情が分かるだけにうなづくしかなかった。
「俺と結婚したくない?」
眉尻を下げて悠人にいわれると、玲奈はあわてた。
「そうじゃなくて。考えてなかったから、びっくりしたのよ」
「じゃあ、これからそういう方向で考えよう」
なんだか丸めこまれた気がした。食器は結局、百均で買った。
この頃には、連日ニュースで新型ウィルスについての報道があり、マスク不足やら、リモートワークやら、学校休校やら世間はだいぶざわついていたけれど、自分たちの結婚が新型ウィルスに翻弄されるとは思ってもいなかった。
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