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闇の悠人 俺のプリンセス
「森ぃ。合コン行かねぇ」
昼休みが終わり、デスクにもどったところ、同じ課の先輩に声をかけられた。
「同じ会社の子じゃねえよ」
見透かしたように先輩がいった。悠人はうーん、と少し考えて、
「行きます」
と、返事をした。
(発散したい)
それが正直なところだった。現在、決まった彼女はいない。だから、合コンで一夜の相手をみつける。気が合ったらそのままつき合いが始まることもある。が、多くはその場限りで終わる。もともとそういう目でしか見ていないから仕方がない。
だから、同じ会社の人間では困るのだ。やり逃げだなどと噂になってはいけない。
まだ見ぬ心から愛する女のために品行方正でなくてはならない。
悠人は「プリンセスが待っている」と信じている。
姉妹のせいだ。
幼い女の子が誰しもとおる道。
悠人がまだ物心さえ着く前。姉は何度も何度もくりかえし「シンデレラ」を見ていた。おむつが取れるか取れないかだった悠人も否応なく見ることになる。
そして姉はいったのだ。
「悠人もプリンセスを見つけて迎えに行くのよ」
妹は「眠れる森の美女」だった。幼稚園児になっていた悠人は、さすがにいっしょに見ることはなく、機関車やミニカーなどで遊んではいたものの、BGMのように流れるアニメーションはサブリミナル効果を発揮する。
そしてやはり妹もいったのだ。
「お兄ちゃんもプリンセスを見つけてね」
二度にわたるすりこみ効果は絶大。白馬に乗った王子様とともに深く心に刻まれてしまった。
そんなわけあるか。
大人になってそう思う。
三つ子の魂百まで。
身をもって知った。
当の姉たちは、そんなこととっくに忘れているというのに。
今まで、何人かとつき合ったことはあるが、彼女らはプリンセスではなかった。わかってはいたけれど、気軽につき合う分には十分だった。
予行演習だなと悠人は思っていたけれど、それなりに愛情もかけたし、誠意も尽くした。けれど、彼女らはどこか冷めた態度を感じとるのか、一年を過ぎたあたりで別れを切り出された。
「じゃあ、しょうがないね」
悠人の返事はいつもこうだった。
「大事にはしてくれるけど、なんか冷たいよね」
彼女らはみんなそういった。
しかたないだろう。俺の愛はすべてプリンセスのものだから。と悠人は心の中でつぶやく。認めざるを得なかった。
金曜日、七時の待ち合わせにあわせて、仕事を切り上げる。誘ってくれた先輩たち二人と連れだって出かける。場所はいつも合コンに使ういわゆるダイニングバーという店だ。
半個室で適度に薄暗くて、料理の見栄えもいい。味もそこそこ。女子受けのいい店だ。
予約の時間より少し早めに入って、女の子たちを待つ。
やがてあらわれたのは、どこにでもいるような三人組。肩よりすこし長い茶色のくるくるウェーブした髪。ばさばさしたつけまつげ。ピンクのリップ。パステルカラーのニット。ふわっとしたスカート。リボンのついたハイヒール。
三人ならんだら誰が誰やら区別がつかない。鼻にかかった甘えた声で自己紹介しているけれど、名前を覚える気にもならない。
ドリンクの注文を取ると、なんとかいうカタカナの名前をいわれた。持ってこられたのはピンクや黄色のシュワシュワした飲み物。甘くて悪酔いしそうだ。
三人が三人ともちらちらと視線を送ってくる。
どれにしようかな。
すこしでも抱き心地のよさそうなヤツを品定めする。今夜はこいつにしようかな。ピンクのニットを着た肉付きのいい女。
こちらを見たときをねらって、視線を合わせた。目が合うと、彼女は驚いたようだったが、ニコッと笑いかけたら、ぱあっと勝ち誇った顔をした。
ちょろいな。おたがいさまか。
打算の関係なんて、そんなもんだ。
合コンが終わった時点で、きょうはそれぞれ相手が決まったらしい。悠人のとなりにはピンクの女が残った。
「どうする? もう一軒いく? それともホテルに行く?」
悠人がいきなりそういうものだから、彼女は目を丸くした。ほかの人はもっと口あたりのいい言葉をいうのかもしれない。
でも、悠人にしてみたら発散するだけの相手だから、無駄な手間をかけたくないのだ。
「うーん」
彼女はいい淀んだ。
「じゃあ、行こう」
悠人は彼女の肩に手をかけて、ホテルへとうながした。
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