闇の悠人 俺のプリンセス

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 ホテルに着くまでの道すがら、悠人は彼女にいい聞かせる。 「今日だけだよ。いい?」 「え? 連絡先教えてくれないの?」 「うん。君だって今日だけのつもりでしょ」  こういうとたいていの女は、そうだけど。と答える。自分が惚れられたいのだ。自分から男を追いかけるなんてみっともないと思っているんだろう。  悠人はそれを逆手にとった。 「じゃあ、いいよね」  おりしも、ラブホテルについた。いいホテルなんて必要ない。ラブホテルの休憩で十分だ。  部屋は彼女に選ばせた。ほんとはヤるだけだからどれでもいいのだが。  そんな相手でも、悠人はちゃんと抱く。深いキスからはじまって、体のすみずみまで愛撫を施す。時間をかけて手のひらで、指で、くちびるで、舌で。  そうしながら、悠人は探っている。どこをどうすればよくなるのか。どの角度がいいのか。  もうわかっている。だいたいは。でももしかしたらまだ知らないトコロがあるかもしれない。そう思って、探りに行く。  プリンセスのために。  プリンセスによろこんでもらうために。  めぐり合ったその人に、最上級の快楽をあたえるために、好きでもない女を抱いて体の秘密を暴いていく。  悠人の下で、女は激しく身悶えていた。それを見て悠人は満足した。これだけできれば、俺のプリンセスも悦んでくれるだろう。  きょうはちょっとよかったから二回。気がのらないときは一回で終わり。    終わって体が収まるまで横になっていると、女はぴたりと抱きついてきた。  つぎにいうことはわかっている。 「ねえ、やっぱり連絡先教えてくれない? また会いたい」  よほどよかったのか、こういい出す女は多い。あれだけの愛撫が自分のためになされたと勘違いしているのかもしれない。 「きょうだけっていったよね。教えないよ」  そういって、きょとんとした女を残して、シャワーを浴びに浴室にむかった。  以前は、この間に勝手にスマホを操作されて友だち登録されていたり、電話番号を見られたこともあったが、指紋認証にしてからそんな心配もなくなった。  浴室からでてくると、悠人はさっさと着替えはじめた。 「俺、先にでるね」 「えっ?」 「まだ時間あるからきみはゆっくりしてていいよ」  そういうと悠人は財布から一万円をだして、テーブルに置いた。 「これ、ホテル代。じゃあ」  ぽかんとした女を残して部屋を出た。  悠人は軽くなった足どりで機嫌よく駅にむかった。金で買われたと思った女は、悠人にこれ以上執着しない。いまごろ怒りで震えているかもしれない。友だちにもいえないだろう。  クズだな。自覚はある。でも、悠人のすべてはプリンセスのものだから。  はじめて玲奈に会ったとき、悠人はわかった。この人だ。この人が俺のプリンセスだと確信した。ありがちな表現でいえば、雷に打たれた。  きりっとした目つき。人によってはきつい印象を持つかもしれない。でも悠人にはすばらしく美しく見えた。髪は暗めの茶色で、ショートボブというのだろうか、すっきりと短い。程よいメイクは、その顔立ちを際立たせる。  すべてがいい。と悠人は思った。この人のために自分は生まれてきたのだと強く思った。 (逃さない。かならずつかまえる)  でも、そんな意気込みもいらないほど、順調に話は進んだ。出身は東北の被災県。趣味も同じ。さっそく、いっしょにランニングをする約束を取り付けた。  立って向かいあってみると、背が高めだとわかった。悠人を見上げる角度さえもちょうどいいと思った。  自分にむけられる笑顔に、鳥肌がたつほど惹かれた。  俺のプリンセス。  彼女はきっと、俺を好きになる、と確信した。  二度目のデートで告白した。少し早いかとは思ったけれど、年末年始の休みに入る前に、恋人であるという確証がほしかった。  不安はなかった。彼女は絶対に断らない。  それでも、玲奈がはい、といったときには、全身の血が沸き立つほどうれしかった。  やっとめぐり合ったプリンセスは、恋人になった!  世界にむかって叫びたいほどだった。  二人、体を重ねて快楽の海をたゆたう。もうどれくらい、こうしているだろう。時間の感覚はとっくに失っていた。  悠人は際限なく玲奈に快楽をあたえ、その快楽は玲奈の口から吐息となって悠人に帰ってくる。  その循環は、くり返すごとに二人をさらなる高まりへと追い上げる。  自我が溶ける。溶けた二つの自我は混ざりあって一つになる。そうして快楽の波間を漂っていく。  時おり玲奈の瞳が不安に揺らいだ。  悠人が与える深すぎる快楽に畏怖(いふ)しているのだ。 「玲奈。玲奈」  だから悠人はその名を呼び続ける。 「愛してるよ」    こうして終わりのない快楽をあたえつづけ、名を呼びつづけて、身も心も悠人に縫い付けるのだ。  悠人なしでは生きていけないほどに、細い絹糸で繭のようにがんじがらめにして。  でも、わかっている。玲奈を(から)めとったつもりでいて、じつは搦めとられたのは悠人の方だ。  体中に巻きついた糸は、所々血がにじむほどに食いこんでいる。  深すぎる愛は、自身をも傷つけるものなのか。  でも、これでいい。悠人のすべては玲奈のものだから。悠人の体の三十七兆の細胞が歓喜に沸く。  玲奈。愛してるよ。
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