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会社の帰り、食料品を買おうと、近所のスーパーに寄った。そこで玲奈はカゴを持ったまま、ぼうぜんと立っていた。
「スカスカだ……」
陳列棚はカラになっていた。どうやら、緊急事態宣言が出されると聞いて、人々は買いだめに走ったらしい。
玲奈は完全に出遅れたのだ。
(あのときみたいだ……)
この光景は見たことがある。震災後のスーパーを思い出した。高速道路が通行止めになり、一般道路もひどい渋滞になって、物流が滞ったのだ。
入荷がない。したとしても、ごく少数だった。それを人々は奪い合うようにして買っていた。そんな状態が二、三週間つづいただろうか。
あのとき、母はどうやって食料を調達していたのだろう。
玲奈はカラの陳列棚を写真に収めると、カゴを戻して外に出た。コンビニによって弁当やカップラーメンを買った。コンビニはふつうに営業している。陳列棚にもいつもどおりたくさんの商品がならんでいた。
(コンビニ、すごいな)
ありがたさが身に染みる。
部屋に帰って、母に写真を送ってから、電話をした。
「おかあさん、スーパーがからっぽだ」
「なんで?」
「たぶん、みんな買いだめしたんだと思う」
「そんなに? ひどいね」
「パンもラーメンもなんにもなかった」
「コンビニは?」
「コンビニにはふつうにあった」
「あー、よかったね。焦らなくてもだいじょうぶだよ」
「うん」
「トラックは走ってるんでしょ。そしたら明日にはまた入荷するじゃない」
「あっ、そうだね。でも水買わなきゃ。あと一本しかない」
「水、出るんでしょ」
「あっ、そうだった。足りるか。乾電池いるかな」
「電気、通ってるんでしょ」
「あっ、そうだった。非常食、買っておいたほうがいいかな」
「落ち着きなさいよ。ライフラインは生きてるし、トラックも走ってるんだから。あわてないで。震災とちがうよ」
母にいわれて、玲奈は自分がパニックにおちいっていたことにはじめて気づいた。
「そっか。そうだね。ちょっとあわてちゃった」
「とりあえずの食料は、コンビニで買えるでしょ」
「うん」
「じゃあ、だいじょうぶ」
「うん。ありがとう」
玲奈はやっと落ち着きをとりもどして、電話を切った。
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