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「これはなにかの陰謀だ。俺たちの結婚を阻止しようとしているんだ」
「坂本さんですかねぇ」
玲奈の口がすべった。しまったと思ったときはもうおそかった。
「……坂本さんてだれ」
「あっ、なんでもない」
悠人はスマホを持っていた玲奈の手を、ぐっとつかむと、顔をのぞきこんだ。
「だれ?」
「あー、営業の人?」
玲奈の目はせわしなく泳いだ。
「なんで、営業の坂本さんが陰謀を企てるの?」
ミーティングルームでの会話が漏れたらしく、その日のうちに、玲奈が結婚するらしいと噂がひろまった。小さな声で話していたつもりだったのだが、耳ざとく聞きつけられたのかもしれない。
帰り際、エントランスを出たところで、坂本につかまった。待ち伏せしていたのだろう。
「ちょっと」
と、よばれて人目につかない裏道に連れていかれた。怖かったが、いざとなったらダッシュで逃げればいいかと思った。会社のエントランスに飛びこめばなんとかなるだろう。
「結婚するってほんと?」
「まだ本決まりではないです」
「でも、するんだ」
「まあ、そうですね」
「なんで」
そんなのきかれても困る。自分たちのイチャイチャまじりの気持を、なんでこの人に話さなければいけないのだ。
「なんでって…… 話す必要あります?」
「いつから? 彼氏いないっていってたよね」
話す気のない玲奈を無視して、坂本は強引につづけた。
「えー、まあ、最近の話なんで」
「最近? 最近でもう結婚するの? どんなやつ? 悪いやつにだまされてるんじゃないの? そんなんだったら、俺だって……」
一歩詰め寄られて、さすがに玲奈もムカッときた。
「なんでそんなこといわれなきゃいけないんですか。俺だってって、なんです? わたし、あなたに思わせぶりなこといいました? いってませんよね。あなただって、わたしになにもいってませんよね! 関係ない人に、わたしの結婚にとやかくいわれる筋合い、ないですよ!」
一気にまくし立ててから、ハッとした。関係ないといわれた坂本の顔は、みるみる蒼白になり表情が消えてしまった。肩が落ちて体全体がシューっとしぼんだ。
「失礼します」
あわててそういうと玲奈は踵を返して、小走りに駅にむかった。
自分は悪くないよな、と何度も自問自答した。坂本が自分に気があるらしいと聞いたのは、きょうの昼だ。気づかないのが悪いといわれれば、返す言葉もないが、そもそも坂本が好意をほのめかすようなこともなかったはずだ。
やっぱり自分は悪くないはずだ。
後味が悪い。
電車に揺られながら、真紀とまりえにラインで今の出来事を簡単に伝えた。
「気にすんな。ちゃんといわなかった坂本さんが悪いんだから」
「そうそう、自業自得よ」
そうレスはもらったけれど、気は晴れなかった。
玲奈はそういうことがあったのだと、悠人に伝えた。
「ふーん。そのあとは?」
「話しかけてこなくなった。あいさつはするけれど」
「あきらめたなら、それでいい。ほかにもありそうだな。玲奈モテそう」
「それね。真紀とまりえもいうんだけど、ぜんぜんわかんないんだよね」
「うわー。無自覚かあ。タチわる!」
「ひどい! だってわかんないものはわかんないもの。みんな悠人君みたいにはっきりいってくれたらいいのに」
「ははっ。おかげで玲奈は俺の彼女になったわけだし、きみの会社のもじもじ君たちには感謝しよう」
「それはそれでひどいいい方ね」
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