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2020年5月
ゴールデンウィークの計画がなしになってしまった。
「さて、どうしよう」
悠人は腕を組んで首をかしげた。
「緊急事態宣言が解除されるまで待つしかないわよね」
「やっぱり?」
「だって動きようがないもの」
「やだなー。一か月も伸びるじゃん」
「でもさ、無理に決行してウィルスばらまいたらそれこそ結婚どころじゃなくなるわよ」
「むうう」
悠人はうなってしまった。
ほんとうは、あいさつもかねて、観光もするつもりだったのだ。玲奈は、蔵王とか松島とかに悠人を案内しようと思っていた。蔵王の祖父母といとこに紹介しがてら、名所を回ったりおいしいものを食べるのもいいなとひそかに考えていたのだ。
ところがだ。旅行どころか、都内ですら出かけるのがままならないのだ。どんなに天気がよくても行楽にもいけない。
いつだって、新幹線に乗れば、二時間ほどで帰れるはずだった。ふと、玲奈は思い当たった。
「ねえ、悠人君。もし、実家でだれかが病気になったり、事故にあっても行けないってことだよね」
「そうなるね」
「なんか、ひどい。そうか、実際、お葬式に行けない人がいるんだ」
「いるだろうね。そもそも、葬式で人が集まっちゃいけないんじゃないの」
「うわあ。まじかー」
そのタイミングで玲奈のスマホに、ラインの着信がはいった。開いた玲奈は、大きな声をだした。
「うわあ。まじか!」
画面を悠人にむけて見せた。そこに写っていたのは、ニュースで見る防護服に包まれた人物。物々しい装備で、ガラスの向こうでピースサインをしている。
「うわあ。まじか! だれ?」
「同級生のナース。救急外来にいるんだ」
「スノボの人?」
「そうそう。だいじょうぶかな」
「こわいだろうね」
そうだった。こんなに身近に最前線に立っている人がいたんだ。そう思うと、ウィルスはすぐそこまで来ているんだと、あらためて思い知らされた。
防護服の中の表情はまったくわからない。
この人は、佳奈はちゃんと休めているだろうか、ご飯は食べているだろうかと、思いながら返信を送った。
「がんばってるんだね。おつかれ」
「ぎょうざパーティーやろう!」
とうとつに悠人がいい出した。
「気晴らしだよ。ぎょうざ作って焼いて、ビール飲もう!」
ねッと、悠人が笑う。
「そうね。そうしよう!」
きっと気持ちの沈みかけた玲奈をはげましてくれたのだ。
せっかくだから、焼きながら食べようと、ホットプレートを急遽買うことにした。商店街に行くと、そこはいつもどおりの人出だ。
「ここの人出はかわらないなあ。都心部は閑散としているのに」
悠人がすこしおどろいていった。
「みんな近所の人じゃない」
「近所の人、多いな。これは密じゃないのか」
「近所で買い物だから、しかたないのかも」
「なんか、モヤモヤするぞ」
「じゃあ、さっさと買って帰ろう」
電気屋に行くと、ホットプレートは最後のひとつだった。店員が、ゴールデンウィークに入って急に売れ始めたといった。
「みんな、考えることが同じなんだな」
悠人が苦笑した。
「今日の夜は、ぎょうざのうちが多いかもね」
「ははっ。となりもぎょうざ。むかいもぎょうざ」
「はやくスーパーにいかないと、ぎょうざの皮が売り切れる!」
二人は手をつないで、小走りにスーパーにむかった。
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