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世間ではリモートワークが主流になっている。玲奈の会社もそうだ。ただ、メーカーであるため新商品のサンプルができあがると、直接確認しなくてはいけない。ウェブ上ではどうしても色や質感がわからないからだ。
そんなわけで、きょうも会社にきている。とはいえ、休日出勤のようなものだし、きょうは上司もいないからちょっとお気楽だ。
しかも通勤電車は、時間帯をずらしていることもあって、スカスカだからなおのこといい。
「どうなった? 結婚」
昼、コンビニのサンドイッチをほおばりながら、真紀が聞いてきた。今日はまりえは在宅だ。
「どうもこうも、あいさつに行けなくてさ。来月まで持ち越しよ」
「やっぱりそうか。あたしの友だちもさ、結婚式延期したのよね」
「ええー、気の毒。キャンセル料とかかかるのかな」
「かかるっていってた。たいへんよね。いつできるかわからないから、さきに入籍しようかって」
「そうか。見通しが立たないっていやね」
「あんたは自分の心配しないと」
「そうだけど、動きようがないのよね。あっ、そういえばマッチングアプリどうなった?」
「それこそ動きようがないのよ。せっかくいいねがつくようになったのに、これって不要不急の外出じゃない?」
「必要っていい切れば?」
「へたに知らない人に会って、感染してもいやだし」
「その心配もあるか。せっかくプロフィール写真とったのにね」
「宣言解除になったら、会えるかもね」
「来月か。うちも来月行けるといいな」
「うん、ほんとだね」
緊急事態宣言が解除になっても、事態はかわらないことを、このときの玲奈は知る由もなかった。
「なんか気が滅入るよね」
玲奈がいうと、悠人はうなづいた。
「ほんとにね。家にこもっているのも飽きたな」
金曜日の夜だ。リモートワークを終えた悠人は、夕方には玲奈の部屋にいた。
「出かけるか」
とうとつに悠人がいった。
「えっ、どこに?」
「レンタカー借りてさ、どこか郊外にドライブ。昼ご飯はコンビニで買っていけばいいよ」
「なるほど。外にいて人に会わなければいいのよね」
悠人と二人でドライブデートなんて、と玲奈の顔はぱあっと明るくなった。それを見た悠人は、スマホを手にとった。
「レンタカー予約しよ」
「おにぎりくらいならできるかも」
と、玲奈は冷蔵庫の中を確認する。
「えっ、まじで? 作ってくれるの?」
「凝ったものはできないわよ。簡単なやつ」
「作ってくれるならなんでもいいよ。楽しみだなー」
「……期待しないでね」
「玲奈が作るのはなんでもおいしいよ」
悠人はそういって、玲奈の頬を両手ではさんだ。
玲奈はそれほど料理が得意ではない。凝ったものなんかぜったい作らない。日常食べるには困らない程度だ。
それでも悠人はおいしいといってくれる。こんなに甘やかされたら、とんでもない勘違い女になってしまいそうでこわい。
(揚げ物はいやだけど、たまごやきと照り焼きくらいなら作れるかな)
夕食の買い出しついでに、弁当の準備をしようと、スーパーに二人ででかけた。
最近は簡単な料理を二品ほど作って、あとはビールや焼酎で晩酌をするのがもっぱらだ。二人で食料品を買うなんて、すでに気分は新婚さんだ。うれしくてしょうがない。
はたから見たら、デレデレしている二人は鬱陶しいだけだろう。玲奈だって自覚はあるのだ。ヤバいなとも思う。
でもしょうがない。楽しいんだもの。うれしいんだもの。
カッコいい悠人は自分のものなのだと、ひけらかして優越感にひたりたい。 この人はあたしの彼氏なんだと、世間に盛大に見せびらかしたい。
「今日は何食べる?」
ぽやんとしたまま、玲奈は悠人に聞いた。
「麻婆豆腐が食べたいな。辛いやつ」
「いいわね。あとは野菜炒めか棒棒鶏かな」
「あっ、棒棒鶏がいいな。じゃあ、きょうはビール!」
買うのはもちろん、豆腐と麻婆豆腐の素だ。切って火にかければできあがり。それとサラダチキンときゅうり。ゴマダレは冷蔵庫に常備してある。切って盛り付ければできあがり。
あとはあしたの弁当の準備とおやつを買って、おしまい。
「おにぎりの具はなにがいい?」
「俺、明太子が好き」
「わかった。あとは鮭とか昆布かな」
「うん、いいね」
こんな会話だけでワクワクする。
その晩、麻婆豆腐と棒棒鶏とビールを楽しみながら、ドライブの行き先を相模湖に決めた。
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