2020年5月

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 世間ではリモートワークが主流になっている。玲奈の会社もそうだ。ただ、メーカーであるため新商品のサンプルができあがると、直接確認しなくてはいけない。ウェブ上ではどうしても色や質感がわからないからだ。  そんなわけで、きょうも会社にきている。とはいえ、休日出勤のようなものだし、きょうは上司もいないからちょっとお気楽だ。  しかも通勤電車は、時間帯をずらしていることもあって、スカスカだからなおのこといい。 「どうなった? 結婚」  昼、コンビニのサンドイッチをほおばりながら、真紀が聞いてきた。今日はまりえは在宅だ。 「どうもこうも、あいさつに行けなくてさ。来月まで持ち越しよ」 「やっぱりそうか。あたしの友だちもさ、結婚式延期したのよね」 「ええー、気の毒。キャンセル料とかかかるのかな」 「かかるっていってた。たいへんよね。いつできるかわからないから、さきに入籍しようかって」 「そうか。見通しが立たないっていやね」 「あんたは自分の心配しないと」 「そうだけど、動きようがないのよね。あっ、そういえばマッチングアプリどうなった?」 「それこそ動きようがないのよ。せっかくいいねがつくようになったのに、これって不要不急の外出じゃない?」 「必要っていい切れば?」 「へたに知らない人に会って、感染してもいやだし」 「その心配もあるか。せっかくプロフィール写真とったのにね」 「宣言解除になったら、会えるかもね」 「来月か。うちも来月行けるといいな」 「うん、ほんとだね」  緊急事態宣言が解除になっても、事態はかわらないことを、このときの玲奈は知る由もなかった。 「なんか気が滅入るよね」  玲奈がいうと、悠人はうなづいた。 「ほんとにね。家にこもっているのも飽きたな」  金曜日の夜だ。リモートワークを終えた悠人は、夕方には玲奈の部屋にいた。 「出かけるか」  とうとつに悠人がいった。 「えっ、どこに?」 「レンタカー借りてさ、どこか郊外にドライブ。昼ご飯はコンビニで買っていけばいいよ」 「なるほど。外にいて人に会わなければいいのよね」  悠人と二人でドライブデートなんて、と玲奈の顔はぱあっと明るくなった。それを見た悠人は、スマホを手にとった。 「レンタカー予約しよ」 「おにぎりくらいならできるかも」  と、玲奈は冷蔵庫の中を確認する。 「えっ、まじで? 作ってくれるの?」 「凝ったものはできないわよ。簡単なやつ」 「作ってくれるならなんでもいいよ。楽しみだなー」 「……期待しないでね」 「玲奈が作るのはなんでもおいしいよ」  悠人はそういって、玲奈の頬を両手ではさんだ。  玲奈はそれほど料理が得意ではない。凝ったものなんかぜったい作らない。日常食べるには困らない程度だ。  それでも悠人はおいしいといってくれる。こんなに甘やかされたら、とんでもない勘違い女になってしまいそうでこわい。 (揚げ物はいやだけど、たまごやきと照り焼きくらいなら作れるかな)  夕食の買い出しついでに、弁当の準備をしようと、スーパーに二人ででかけた。  最近は簡単な料理を二品ほど作って、あとはビールや焼酎で晩酌をするのがもっぱらだ。二人で食料品を買うなんて、すでに気分は新婚さんだ。うれしくてしょうがない。  はたから見たら、デレデレしている二人は鬱陶(うっとう)しいだけだろう。玲奈だって自覚はあるのだ。ヤバいなとも思う。  でもしょうがない。楽しいんだもの。うれしいんだもの。  カッコいい悠人は自分のものなのだと、ひけらかして優越感にひたりたい。 この人はあたしの彼氏なんだと、世間に盛大に見せびらかしたい。 「今日は何食べる?」  ぽやんとしたまま、玲奈は悠人に聞いた。 「麻婆豆腐が食べたいな。辛いやつ」 「いいわね。あとは野菜炒めか棒棒鶏かな」 「あっ、棒棒鶏がいいな。じゃあ、きょうはビール!」  買うのはもちろん、豆腐と麻婆豆腐の素だ。切って火にかければできあがり。それとサラダチキンときゅうり。ゴマダレは冷蔵庫に常備してある。切って盛り付ければできあがり。  あとはあしたの弁当の準備とおやつを買って、おしまい。 「おにぎりの具はなにがいい?」 「俺、明太子が好き」 「わかった。あとは鮭とか昆布かな」 「うん、いいね」  こんな会話だけでワクワクする。  その晩、麻婆豆腐と棒棒鶏とビールを楽しみながら、ドライブの行き先を相模湖に決めた。
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