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中央道のあの有名な歌を、玲奈はずっと歌っている。
「いつか中央道にのったら歌おうと思ってたんだ」
はずむように玲奈がいう。
「そっか」
「うん。あたし、東京にきてからドライブデート、はじめてだ」
「初体験いただきました」
「悠人君、したことある? ドライブデート」
「そういうことは聞かないで」
(あるんだな)
聞き流した。
朝すこし早めに起きて、二人で弁当をつくった。夕べのうちに、玲奈がある程度仕込んでいたので、朝はたまごやきや鶏肉を焼くだけだ。
二人でならんでおにぎりを握っていると、じゅうぶん炊いたはずのごはんが足りなくなった。
「悠人君、おにぎりが大きいよ。それ三つも食べられる?」
たしかに、悠人のおにぎりはソフトボールぐらいある。
「あ、そうだね。これは大きすぎる。どうしよう」
玲奈は悠人のおにぎりから三分の一ほどごはんをもぎ取ると、まとめてもう一個作ってしまった。
「これでよし」
「おお、おみごと!」
無事にでき上った弁当をもって、レンタカー会社までいっしょにいく。手続きをすませて悠人が運転席、玲奈が助手席に乗りこむ。
「わー、悠人君の車に乗るのはじめてだね」
玲奈がはしゃいでいうと、
「緊張するなー。運転へただけど笑わないでね」
「笑わないよー。悠人君がんばれー」
そんな話をしていたら、悠人はナビのセットを終えていた。
「よし、いくぞー」
道路はガラガラだ。それはそうだ。そもそも出かけちゃいけないのだから。それでもやっぱり、はじめて二人でドライブデートなのだから、ドキドキワクワクがとまらない。
顔が緩みそうになるのを、ぐっとこらえる。道行く人たちに、ウキウキと出かけるのを感づかれてはいけない。
玲奈はそっと隣の悠人を盗み見た。マスクはしていても、その目元はあきらかに笑っている。
「悠人君、あまり楽しそうにしちゃだめだよ」
「あっ、俺楽しそうにみえる?」
「みえる。目が笑ってる」
「そっか、ヤバいな。つい楽しくって」
「あたしも必死で耐えてるのよ」
そういいながらやっぱり笑ってしまう。
「うん、高速に乗るまで我慢しよう」
そうはいっても、人も車も平時よりかなり少ない。渋滞もなくすぐに高速に乗ることができた。
乗って早々から歌い出した玲奈だったが、肝心の競馬場が右に見えたころには、もう飽きて歌うのをやめていた。
「肝心なところじゃないのか」
悠人の小さなつぶやきは、聞き取られることなく消えていった。
相模湖公園の駐車場は、思ったより車が多かった。
「もっとガラガラかと思ったのに」
玲奈は意外そうにいった。駐車場を出て湖畔にでると幼い子どもをつれた家族連れがたくさんいた。
「なるほど。そういうことか」
悠人があたりを見まわして納得したようにいった。
そこらじゅうで、子どもたちが元気いっぱいに走りまわる。ボールを蹴る。犬も走る。それをにこやかに見守る親たち。
おそらく久しぶりにのびのびと遊んでいるんだろう。
「子どもたちには酷だもんな」
「そうね、あんまり考えたことなかったな」
「俺たちに子どもが生まれるころには収まってるといいな」
「やだっ! 気が早いな、もうっ!」
「そうか? はやく見たいな。妊婦の玲奈。ママの玲奈」
「じゃあ、パパの悠人君」
「うわっ、はずい!」
急に悠人の顔が赤くなる。
「自分からいい出しておいて、もう。ごはん食べよう」
木陰のベンチにならんですわって、弁当を広げた。悠人はちゃっかり玲奈の握ったおにぎりを食べている。
「自分で握ったの、食べるんじゃないの?」
「玲奈の握ったやつが食べたい」
「味は同じよ」
「玲奈の手垢にまみれたやつがいい」
「いい方! それにラップに包んであるから! 直接触ってないから!」
「ラップからじわじわとしみ込んで……」
「なんかきたないっ!」
「たまごやきおいしい。照り焼きチキンもおいしいよ」
悠人がたまごやきは甘くないのがいいといったので、かための出汁巻きを作ったのだ。
あとは、ポテトフライにプチトマト。
「ちょっと彩り悪いよね。つぎはちゃんとメニュー考えるね」
「いやいや、急だったのにこんなに作ってくれてありがとう。食べ終わったらあれに乗ろうよ」
悠人が指さしたのは、スワンボートだ。
「乗ったことない! 楽しそう!」
朝ごはんは軽く食べただけだったので、ちょっと量が多いかなと思った弁当は、しっかりと平らげた。
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