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翌日の昼食後、玲奈は念入りに歯磨きとメイクをして、お出かけ用のブラウスとスカートに着替えた。
「そんなに歯、磨かなくてもいいんじゃない?」
悠人はそういったけれど、そこは気合というものだ。上半身しか映らないから、スカートもはかなくてもいいのだけれど、手を抜きたくなかったのだ。完全武装である。
直前までメイクとヘアスタイルをチェックしてさあ、いよいよだ。悠人と並んでスタンドに立てたスマホの前にすわる。あまり離れては画面が遠くなるけれど、近すぎてもよろしくない。ほどほどの距離を模索する。
「もしもーし」
電話がつながって、画面に悠人の両親がうつった。
「はじめまして。悠人の父の英彦です」
「母の寛子です」
「はじめまして。藤沢玲奈です」
四人とも照れくさい。妙な間があく。
「玲奈とは十二月に知り合って、そこから付き合ってるんだ。それで、結婚しようと思ってるんだけど、あいさつに行けないのが今の状況です」
悠人が口を開いて、となりで玲奈がこくこくとうなづく。
「そうだね、ほんとうはちゃんとお目にかかりたいところだけど、いまはそうもいかないからね」
英彦がつづける。
「そうよねー。こんなことになるなんて、思ってもなかったものね。ところで、どうやって知り合ったの?」
寛子が聞いてくる。
「おたがいの会社の同期が、大学の同級生で、合コンのノリで集まったのがはじまり」
悠人が答える。
「そこからすぐにお付き合いが始まったの?」
「そうだね。俺のひとめぼれだったから」
うわ。親にそこまでいうんだ。と玲奈は思わず赤面してしまった。
「あらー。うちの悠人がひとめぼれだってよ、おとうさん」
「こっちが照れるな。玲奈さん、美人さんだからな」
「やだ、おとうさん。それセクハラ」
「あっ、そうか。失礼」
夫婦漫才がはじまったのか?
「いいえ、だいじょうぶです」
玲奈が割って入った。でも、楽しそうな人たちでよかった、と玲奈は胸をなでおろした。
話は主に、玲奈に対する質問だった。勤務先、仕事内容、趣味、実家などなど。実家の話のときは、震災のことも触れられた。大変だったね、とねぎらわれたけれど、それはおたがいさまだ。
話してわかったのは、悠人がはっきりした物言いなのは、両親から受け継いだものだ、ということ。
悠人はふだんからもったいぶったいい方をしない。はっきりとしたことばで伝えてくる。それが好きなところの一つなのだ。
玲奈自身、勘の鈍いところもあって、まわりくどかったり思わせぶりないい方をされると、気づかないで聞き流してしまったりする。
気づいたとしても、面倒だと思って、無意識に避けてしまう。
こういうのを巡り合わせというのかなあ、と玲奈は思った。
いい人そうでよかった、と思う反面、母のことばが頭に浮かぶ。
「しょせん、姑は姑」
いくらいい人でも、結婚して嫁姑になると、話はちがってくるのだそうだ。蔵王の祖母は、明るく人好きのする人で、行くたびにたくさんの料理をふるまって歓迎してくれる。
玲奈も弟もとても居心地のいいところなのだが、母はすこし違うらしい。それが玲奈はまったく気づかなかったし、考えてもすこしもわからないのだった。
テレビ電話による会談は、三十分ほどで終了した。
最初緊張していた玲奈も、最後にはすこしは打ち解けて終わることができた。
ふうっと息を吐いた玲奈に、おつかれ、といって悠人はきゅっと手を握ってくれた。
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