2020年6月

3/3
前へ
/76ページ
次へ
 翌日の昼食後、玲奈は念入りに歯磨きとメイクをして、お出かけ用のブラウスとスカートに着替えた。 「そんなに歯、磨かなくてもいいんじゃない?」  悠人はそういったけれど、そこは気合というものだ。上半身しか映らないから、スカートもはかなくてもいいのだけれど、手を抜きたくなかったのだ。完全武装である。  直前までメイクとヘアスタイルをチェックしてさあ、いよいよだ。悠人と並んでスタンドに立てたスマホの前にすわる。あまり離れては画面が遠くなるけれど、近すぎてもよろしくない。ほどほどの距離を模索する。 「もしもーし」  電話がつながって、画面に悠人の両親がうつった。 「はじめまして。悠人の父の英彦です」 「母の寛子です」 「はじめまして。藤沢玲奈です」  四人とも照れくさい。妙な間があく。 「玲奈とは十二月に知り合って、そこから付き合ってるんだ。それで、結婚しようと思ってるんだけど、あいさつに行けないのが今の状況です」  悠人が口を開いて、となりで玲奈がこくこくとうなづく。 「そうだね、ほんとうはちゃんとお目にかかりたいところだけど、いまはそうもいかないからね」  英彦がつづける。 「そうよねー。こんなことになるなんて、思ってもなかったものね。ところで、どうやって知り合ったの?」  寛子が聞いてくる。 「おたがいの会社の同期が、大学の同級生で、合コンのノリで集まったのがはじまり」  悠人が答える。 「そこからすぐにお付き合いが始まったの?」 「そうだね。俺のひとめぼれだったから」  うわ。親にそこまでいうんだ。と玲奈は思わず赤面してしまった。 「あらー。うちの悠人がひとめぼれだってよ、おとうさん」 「こっちが照れるな。玲奈さん、美人さんだからな」 「やだ、おとうさん。それセクハラ」 「あっ、そうか。失礼」  夫婦漫才がはじまったのか? 「いいえ、だいじょうぶです」  玲奈が割って入った。でも、楽しそうな人たちでよかった、と玲奈は胸をなでおろした。  話は主に、玲奈に対する質問だった。勤務先、仕事内容、趣味、実家などなど。実家の話のときは、震災のことも触れられた。大変だったね、とねぎらわれたけれど、それはおたがいさまだ。  話してわかったのは、悠人がはっきりした物言いなのは、両親から受け継いだものだ、ということ。  悠人はふだんからもったいぶったいい方をしない。はっきりとしたことばで伝えてくる。それが好きなところの一つなのだ。  玲奈自身、勘の鈍いところもあって、まわりくどかったり思わせぶりないい方をされると、気づかないで聞き流してしまったりする。  気づいたとしても、面倒だと思って、無意識に避けてしまう。  こういうのを巡り合わせというのかなあ、と玲奈は思った。  いい人そうでよかった、と思う反面、母のことばが頭に浮かぶ。 「しょせん、姑は姑」  いくらいい人でも、結婚して嫁姑になると、話はちがってくるのだそうだ。蔵王の祖母は、明るく人好きのする人で、行くたびにたくさんの料理をふるまって歓迎してくれる。  玲奈も弟もとても居心地のいいところなのだが、母はすこし違うらしい。それが玲奈はまったく気づかなかったし、考えてもすこしもわからないのだった。  テレビ電話による会談は、三十分ほどで終了した。  最初緊張していた玲奈も、最後にはすこしは打ち解けて終わることができた。  ふうっと息を吐いた玲奈に、おつかれ、といって悠人はきゅっと手を握ってくれた。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

163人が本棚に入れています
本棚に追加