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2020年3月
「結婚しましょう」
「そんな世間話のつづきのように…… なし崩し的に……」
「あれっ? だめなの? だめじゃないよね」
「だめじゃないですけど! だけど、もうちょっとさあ、なにかさあ、ちゃんとプロポーズってものがあるんじゃないですか、ふつう」
「……サプライズ的な?」
「いや、サプライズはいい……」
「ぷふっ」
となりに立っていた見ず知らずの女の子がふき出した。二人と目があうと
「あっ、ごめんなさい」
と、小声でいって、そそくさと立ち去っていった。
「笑われた……」
玲奈と悠人がつき合いだして、二か月ほどたった日曜日。週末ごとに悠人が玲奈の部屋に泊まりに来るようになったら、どうにも食器が足りない。
元カレのものは捨ててしまった。いまは玲奈ひとり分しかない。そこで、食器を買い足そうと二人で青山あたりのおしゃれ雑貨屋をめぐっていたのだが。
こういうところの食器はそこそこ値が張る。茶碗ひとつが千円したり。ほかにも皿や小鉢など一そろい買ったら結構な値段になる。
百均ですまそうかとも思ったけれど二人で使う物だから、ちゃんとしたものがほしいと、玲奈は思ったのだ。
それが、悠人ときたら
「こんな高いのはもったいない」
とか、いい出したのだ。
「ちゃんとしたのがいい」
「安いのでいい」
というやりとりが続いてからの、悠人の爆弾発言だった。
「やっぱり今はさ、百均で買って、結婚したらおそろいのいいやつ買おうよ」
「え?」
「え?」
「結婚したら?」
「うん、結婚したら」
「誰が?」
「俺たちに決まってるじゃん」
「俺たち、結婚するの?」
「最初からそのつもりだけど?」
「はじめて聞きましたが」
「いってなかったっけ?」
「いってない」
「じゃあ」
と、前置きして
「結婚しましょう」
と、悠人がいったのだった。雑貨屋の食器売り場で。
べつに、バラの花束をもって、ひざまずいて、ぱかっと指輪の箱を開けろとはいわないけれど、花火大会のあととか、観覧車の頂上でとか、水族館の大水槽の前とか、シチュエーションがあるだろうにと、玲奈はあきれてしまった。
「俺は合理主義なんだ」
と、悠人はいうけれど、面倒くさがって手間ひまをはぶいているだけじゃないかと、玲奈は思う。自分自身も記念日やらサプライズやらは、あまり好き好んでするほうではない。むしろ気恥ずかしいと思うほうだ。
だからといって、さすがにこのプロポーズはいただけない。友だちに聞かれたら何と答えればいいのだ。正直に答えたら、笑われるにきまってる。
「イエス? イエスだよね。ノーっていわれたら、俺、道路に飛び出して車にひかれて死んじゃう」
「わかった。イエスだから! イエスだから、そんな物騒なこといわないで」
もはや脅迫だ。
しょうがないか、悠人だし。
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