花火なんて、やっぱり嫌いだ

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 黒光りする古い床板が、抜けそうなほどの音を立てる。 「なんでいるの?」 「なんでって……」  つぶらな瞳を目一杯開き、俺の顔を見上げながら、「夏休みだから?」椿はちょこんと小首を傾げた。 「いや、そうじゃなくて」 「話は後。先にそうめん食べちゃって。潔子さん待ってるから」  くすりと笑って背を向けながら、「お腹冷えるよ」椿は台所へと歩き出した。 「え?」  視線を下に向けると、めくり上げたTシャツが汗で胸に張り付いていた。 「さいっあくっ」  急いでTシャツの裾を思いっきり引っ張ると、「くそっ」俺は両手で頭を掻いた。 「で、時間のある時は、潔子さんのお手伝いをしに来ようと思うの」  そうめんをすする音に紛れ、椿が俺に説明する。 「バイト代ももらえるっていうから、一石二鳥かなって」  そんなのいらないって言ったんだけどね、と椿は両手で頬杖をつき、嬉しそうにくしゃりと顔を歪ませた。  立花椿は、五つ上の兄、恭介(きょうすけ)の彼女だ。高校の同級生だった二人は、卒業後もなんだかんだで付き合っている。 「花嫁修行?」  そうめんをつゆの中でかき混ぜながら、わざとそっけなく聞いてみる。 「やだ、そんなんじゃないよ。第一そんな話、まだ出てないもん」  顔の前で大きく両手をバタつかせ、椿は頬を赤らめた。 「誰も兄ちゃんとなんて言ってねぇだろ? ごく一般的な話だよ」 「え、ああ、そっか。そうだよね。あははは」  やだもう、と椿は火照った顔を両手で仰いだ。  俺は下を向きながら、大袈裟に音を立てて麺をすすった。
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