花火なんて、やっぱり嫌いだ

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「このまま付き合っててもいいのかな?」  椿が音大へと進学して二年目の、夏休みのある日。  兄貴の帰りを待ちながら暇つぶしにやっていた対戦ゲームの途中で、椿がぽつり呟いた。  椿は、子どもの頃から習っているピアノを生かし、音楽教師になるのが夢だ。 「花火師の妻が教師なんて、聞いたことないよね」  自嘲気味に薄く笑うと、椿は静かに目を伏せた。  いつの間にかKOされていた椿のゲームキャラクターが、地面に仰向けに倒れていた。  それをぼんやり見つめながら、俺は幼い頭をフル回転させ、椿の喜ぶ言葉を必死で探した。  祭り会場は、三年前と変わらず大勢の人間でごった返していた。  会場近くの小さな公園で待ち合わせた俺たちは、そのまま人の波に沿って肩を並べて歩いた。 「迷子にならないでね」  椿が笑う。 「そっちこそ」  ちらりと横目で見やったあと、俺はすぐに視線を逸らせた。  今日の椿は、おばあちゃんに買ってもらったという、白地に朝顔の花が描かれている浴衣姿だ。  普段下ろしている髪は上げられ、代わりに滅多にお目にかかれない白いうなじが見えている。  幾度となく襲ってくる、このむしゃぶりつきたくなる衝動を抑えるには、目を合わせないのが一番だ。 「あ、たこ焼きあるよ。てっちゃん好きだったよね? たこ焼き」  言うなり椿は屋台の方へと走り出した。  それを追う俺の目に、白いうなじが否が応でも入り込む。たった今誓ったばかりの『見ない』掟が、ものの五秒で弾け飛んだ。
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