一人で生きるということ

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みんな自分の目標に向かって入学してきてるから、それぞれ一生懸命だし、何人かドロップアウトはしていったけど、残った15人くらいは今でも仲良く一緒に頑張ってる。 月島先生は、私たちを卒業させると同時に定年退職する予定の年齢だから、私たちが最後の教え子だって、入学した時からずっと言い続けてた。 本当に優しくて、わからないことは何でも一緒に考えてくれるし、進路に迷ったら時間をかけて話を聞いてくれるような先生だから、私も尊敬してる。 高齢の先生の中には、大昔の理論を昔のノートのまま読み上げるような人もいるみたいだけど、月島先生はいくつになっても新しい情報を得ることに余念がないタイプの先生。 毎月のように専門の雑誌を隅々まで読み込んで、私たち学生にも勧めてくれるような人だ。 たった一つの欠点を除けば、本当に非の打ちどころのない素晴らしい教育者。 私は現場で働くことを目標にしているけど、年齢を重ねて経験を十分に積んだら、先生のように後進を育てる立場になれたらいいな、なんて、ちょっと目標にしている。 その月島先生の聞きなれた声で呼ばれたので、私は振り向く前に返事をしていた。 「はい」 私は、最終学年の今年はそんなにたくさんの講義を取っていない。 就職活動もあるし、今までの二年間で単位を多めにとってきたから、今年は自分の興味のある研究論文を読み解いていく時間を作りたいと思って。 「ちょっと、ぱそこんのことを教えてほしいんだけど、時間はあるかな」 …そう、月島先生の唯一の欠点はこの、重度の機械音痴。 骨格とか筋肉とかの専門知識なら、AIにも負けない人だと私なんかは思うくらいだけど、キーボードの上で人差し指をうろうろさせてしまう人種だ。 そしてこの先生が言うと「パソコン」は「ぱそこん」にしか聞こえない。 担当教授とのやり取りで、ある程度は操作できてくれないと不便なので、私たち学生も入学直後からがんばって先生に教えようとしてきたんだけど…今では私も含めすべての学生が諦めてしまっている。 私たち学生からのメッセージが先生の端末に届いたら、ちゃんと画面に通知が現れるように設定したのは…確か同級生の瀬川君。 それに返信するときにはどこをどうクリックすればいいかを、メモにして端末の上の方に張り付けてくれたのは、深山さんだったかな。 大学事務の担当者も、成績関係で教授側の操作が必要な時期には、研究室に結構長い時間詰めてくれている。
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