(6)仮初の逆鱗

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「俺はもうお前のために何かを出してやることの出来ないただの男だ。年だってお前より(とお)も上だが、お前を愛しく思う気持ちだけは誰にも負けておらん事だけは誓える。――なぁ山女(やまめ)。こんな俺でも……また一緒にいてくれるか?」  何の(しがらみ)もない一人の男としての(しん)を、山女は選んでくれるだろうか。  正直若く美しい山女に、何の権力もない自分がついてきて欲しいなどと申し出るのはおこがましい事に思えた。  だが、辰は言わずにはいられなかったのだ。 「辰様はうつけ者です。いつもご自分のお気持ちばかりで、この()に及んでも私の気持ちには嫌になるぐらい(うと)いんですもの」 「……山女?」  山女の言葉を聞いて不安になった辰が彼女の名を呼んだのと同時。 「嫌だと言われても、私、もう決して辰様のお傍を離れません!」  言うなり、山女が正面からギュウッと辰に抱き付いてきて。  辰は、もう二度とこの小さな身体を離すまいと心に誓った。     【了】(2022/08/08-08/29)
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