闇を奔る猟犬~ヤミヲハシルリョウケン~

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闇を奔る猟犬~ヤミヲハシルリョウケン~

西暦2090年8月21日―――。 午後11時45分 南シナ海南部に広がる群島地帯の島の一つ、マドモス島の沖の海底を無数の巨大な人影が進行していた。 黒い82式戦術機装義体・改4機と、同じく黒い90式戦術機装義体の構成であるその集団は、金属製と思われるワイヤーを手にV字の隊列でマドモス島へと向かっている。 その最先頭の1機のコックピット内で呟きが生じる。 「目標上陸地点まであと1km、皆準備はいいか?」 そう呟いたのは、第8特務施設大隊・第1特務施設中隊・第2小隊長。加藤(かとう) 冬獅郎(とうしろう)二等陸尉である。 その呟きに、他の全機が機体の指の動きだけで答える。 今、彼らがこんなところで、島への海底を歩んでいるのは、今回発令されたとある作戦行動によるものであった。 (おじさんの誕生日、帰ったらお祝いしてあげなきゃね……) 最後尾で唯一の90式に搭乗した桃華は、心の中でそうつぶやき微かな笑みを浮かべた。 ◆◇◆ 作戦行動の数日前―――。 「おっす!! モモチー!!」 桃華の隣の席にドカリと座った女、神崎(しんざき) (かなめ)三等陸曹が桃華に向かってそう言った。 あまりに派手な色の髪と身体の各所に光るピアス、……そして、あまりに大きな態度がその女性の性格をありのままに示す。 桃華は彼女より数段上の階級にある。まともな軍人なら、まさしく彼女の態度ははず。 しかし、そんなことどこ吹く風で要は桃華に話しかけている。 ……そう、彼女はれっきとした鹿であった。 「なんか、百地って呼ばれてるみたいだからやめて……」 桃華がため息交じりで馬鹿に言葉を返す。 「別にいいじゃん!!! ぎゃははは!!!」 あまりにうるさい、下品な笑いが作戦司令室内に響く。 要は、そこそこの容貌をしている。しかし、あまりに下品な笑いが、せっかくの美人を台無しにしていた。 それを一瞥しつつ、ため息をつきながらその前の席にゆっくりと腰を下ろしたのは新城(しんじょう) (かすみ)一等陸曹。 どこかしら外国人を思わせる褐色の肌をした美人である。 その細く鋭い瞳と、きれいに整えられた黒髪は、彼女が目の前の鹿よりはるかに知的であることを示している。 そんな彼女だが、結局下品に笑い続ける要を注意するようなことはなかった。 後ろの下品な笑いを発する馬鹿には、何を言っても無駄であることは彼女自身が一番理解していたのである。 「もう……うるさいな。少しは静かにしたほうがいいんじゃない? 要お姉さん」 そう言って苦笑いを浮かべて、桃華を挟んで要と真反対の席に座ったのは、見た目が中学生くらいの緑の髪の少年である。 桃華と同じく、その場に不釣り合いなその少年は、――しかし人間ではなかった。 この時代に一般的に使用されている、高性能人工知能『エレメンタル』を搭載したアンドロイドなのである。 今の時代、補充要員としてのアンドロイドは珍しくはない。彼らは、優秀ななのである。 「うっせーよオルトス!! ぎゃはははは!!!」 その彼、オルトスの言葉を欠片も気にせず、下品に笑い続ける馬鹿。 あまりに五月蠅い笑い声に、桃華は耳を押さえて大きなため息をついた。 「大隊長……。第1中隊第2小隊全員揃いました」 そう静かに言ったのは、新城霞の隣にすでに着席していた大柄な男。 黒みがかったブロンドの髪と、同じく黒色が薄く入った青い瞳の青年は、それまでの3名を配下とする小隊の隊長。 ――加藤 冬獅郎二等陸尉であった。 その容貌は整っており美形と言っても差し支えない顔立ちだが、厳格そうな眉根と意志の強そうな瞳が、彼を質実剛健な鬼の隊長に変えている。 ここにいる誰よりも大柄で鍛え抜かれた肉体は、彼が相当に訓練された軍人であることを示している。 そんな彼を、隣に座った霞は――、 ――。 「あの……小隊長。全員揃ったはいいのですけど、そのアニソンを聞くのをやめたらどうです? 大切な作戦会議ですし」 冬獅郎は霞の方を振り返りもせず無表情で答える。 「曲以外の音も聞こえるから問題ない」 「それは、そうでしょうけど……」 目の前の小隊長は肉体の90%ほどを改造しているサイボーグ。聴覚にそんな機能がついているのだろう。 しかし、当然のごとくそれが問題の本質ではない。 「やはり大隊長の前で失礼です」 霞ははっきりと言葉に出して小隊長をたしなめる。 その霞の言葉に冬獅郎は――、 「……大隊長。私は失礼ですか?」 なんと、目前にいる上司である藤原大隊長に直接言い放ったのである。 「え……、まあ、作戦会議なんだし、なるべく俺の言葉に集中してほしいとは思うが……」 いきなりな言葉に、困った笑いを浮かべて答える藤原。その言葉を聞いて冬獅郎は……、 「でも……。この曲は美少女革命プリデール・スマッシュの後期オープニングなんです」 そう無表情で淡々とつづける。 「「え?」」 その冬獅郎の、明後日の方向にぶっ飛んだ答えに、その場の皆が一瞬固まる。 ……と、不意に要が下品に大笑いしだした。 「ぎゃはははは!!!! 小隊長意味わかんねえよ!!!! でも最高だよね!!!! あのオープニング!!!!」 隣の霞は、こめかみに指を置きつつ大きなため息をつく。 「何を訳の分からないことを。その曲がどうしたと?」 「副長……。聞いてみればわかる」 そう言って無表情で霞の肩に手を置く冬獅郎。 「アレは魂の曲だ」 その冬獅郎の表情は、まさしく質実剛健……、厳格な鬼の小隊長のものであった。 ――もう、それでいいや、と半笑いで頭を掻く藤原を、他の人物の声が支援する。 「……まあ、前置きはそのくらいにして、作戦会議を始めたほうがいいんじゃないですか? 大隊長」 そう言ってその場の空気を換えたのはオルトスであった。 「まあ……そうだな」 すでに疲れ切った表情で、藤原は大きくため息をついたのである。 ◆◇◆ 作戦会議が始まり10分が経とうとしていた。 大隊長の話を聞いていた冬獅郎が言葉を発する。 「それは……、内容はともかくかなり危険な橋ですね」 「そうだな」 作戦表示板の前に立つ藤原は、少しため息をついてそう答える。 「現在、南シナ海北部一帯は、RONによる事実上の実効支配が行われている。 そして、RONは南部もまた自分たちの領域だと主張して、いくつもの挑発行為を繰り返している。 その南部地域に部隊を派遣するなら、RONが自分たちへの挑発行為とみなして動く可能性は高い」 「下手すると戦争開始だね!! ぎゃははは!!」 何が楽しいのか要は大笑いする。 正式名称『Republic of New China』。通称『龍(=RON)』。 現在の世界の行く末を支配している、世界を統べる二大国家のうちの一つ。 すなわち、中央アジアや他アジアの一部地域を呑み込んで巨大化した中国である。 現在進行形で領土拡大を行っている覇権主義国家であり、この国への危機感がアジア・オセアニア諸国連合成立のきっかけになった超大国である。 「しかし、そもそも今回の目標である海賊団は、RON自身も『凶悪な犯罪者である』と公式に言っている連中だ。 RONが彼らを事実上の私掠船として使っていることは事実ではあるが……」 「海賊摘発だけなら動かない?」 桃華がそう言って藤原に聞く。藤原は少し考えて答える。 「RONが動く可能性はゼロではない。 でもわざわざ公式に犯罪者だと言っている相手を守るために動くことはさすがにないだろう」 その時、霞が口を開く。 「でも……大規模な派兵だと……」 「そうだな。今回の作戦は、少数で素早く行う必要があるということだ」 藤原は「そして」と前置きを置いていう。 「今回、君達小隊単位で、少数で作戦行動を行うのには、もう一つの理由がある……。 それは、政府上層部とRONで秘密裏な取引があったという事だ」 その言葉に小隊の全員(桃華を除く)が驚きの顔をあげる。 「そんな事、ここで話していいのですか?」 「構わんさ。 これから当事者になる可能性も多分にあるからね」 「当事者?」 その霞の驚きの顔に藤原は無表情で答える。 「RON側の提示は”挑発行為にならないほどの少数部隊による摘発”だ……」 藤原の言葉に冬獅郎が口を開く。 「その条件をのめばRONは動かないと?」 「その通りだな」 「ふむ……なるほど」 冬獅郎がそう言って顎に手をやって考え込み始めると、後ろにいる要が大声で質問する。 「いみわかんねえ!!! どういうことだよ!!! RON納得で海賊摘発なら、それはそれでいいじゃねえか!!!」 その言葉に、霞が静かに答える。 「確かに、RONを挑発しないよう少数で作戦を行うのと、RONとの裏取引で少数部隊を展開することになった事は、同じことのように見えますが……。 ……『当事者』? まさか?」 藤原は無表情で答える。 「そのまさかだよ。 RONは今回の作戦を内心失敗した方がいいと考えている。 そもそも、マドモス島海賊摘発作戦を考えていたときに、裏ルートで接触を図ってきたのはRON側。 おそらくは、海賊側からの依頼で、……ね」 要は頭に疑問符を飛ばす。 「え? なんで海賊がRONに?」 「それは……」 霞が口を開こうとすると、桃華の言葉がそれを遮った。 「……摘発されるのは時間の問題だった。 だからあえて、自分たちが撃退できる規模にしてもらおう……ってことよね? おじさん」 「ああ、その通り。 今回の作戦行動は、それ自体が向こうに筒抜けである可能性が高い。 作戦内容までは向こうにわたっていないだろうが、海賊側が厳重な警戒状態にあるところに突入することになる」 そこまで藤原が話すと、冬獅郎が顔をあげた。 「それで合点がいきました。だから、特施科なのですね?」 「そう……。少数で、警戒する大規模な機甲部隊を潰すには、特施科は最適だからね……。 今回は君達一個小隊で、海賊団の機甲部隊を全滅に追い込んでもらう」 その藤原の言葉に、冬獅郎をはじめとした小隊の全員は小さく笑って頷いた。 ◆◇◆ マドモス島の北東の海岸、そこに黒い五体の巨大な人型が上陸してくる。 その背には金属製のバックパックを背負い、地を這うような低い姿勢で誰もいない真っ暗な海岸を、その先の森林に向けて進んでいく。 時間はちょうど8月22日午前0時になっていた。 「全員、バックパックを下ろして、各装備の組み立てに入れ……。皆、作戦の内容は頭に入っているな?」 小隊長・冬獅郎の乗る1号機のその言葉に、指によるジェスチャーで答える全機。 闇の中、武装を整えた全機が、島の各所に向かって移動を開始する。 闇の中を闇に向かって進むその視線の先には、海賊団の砦の眩しい光が広がっている。 バババババ……。 周囲を警戒する無人偵察機(ドローン)のローター音が、機体の収音装置に届けられる。 砦には、装甲車数台、主力戦車、多脚戦車数台が展開し、敵の到来を待っている。 南シナ海・マドモス島―――。 黒い猟犬たちの狩りが幕を開ける―――。
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