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桃華の戦機~トウカノセンキ~
>西暦2022年 深海エネルギー結晶『エネラス』の発見。
「フンフン~~~――」
闇の中に幼い少女の鼻歌が響く。
>西暦2032年 当時15歳の倉有飛鳥、超高等汎用人工知能『エレメンタル』を完成させる。第一号の名前は『イブ』。
「バッテリーは現在99%――。
ボーテック機関――、そして重力波フロートは正常動作を確認――」
>西暦2053年 ドイツ人学者ジークベルト・ボーテックが時空間制御システム『ボーテック機関』の第一号機を完成させる。
>西暦2054年 サイ・パンデミック。『超能力』の爆発的流行。
「各人工筋は――、うん、正常に動作を確認――」
>西暦2064年 バレンタインの悪夢。中東の国家間紛争において一つの都市が超能力者によって壊滅。
「現在の武装は――、
手持ちは、25㎜小銃1丁、12.7㎜拳銃1丁――。
対戦車手りゅう弾4個、電子妨害煙幕弾3個――」
>西暦2068年 アメリカの宇宙船『エンタープライズ』が、世界で初めて超光速航法を実現。
「固定武装は――、
対空リニアキャノン1門、120㎜キャノン1門――」
>西暦2074年 中国が中東の小国に侵攻。巨大義体技術を応用した人型作業機械『TRA』がその小国の主戦力として活躍する。のちにその紛争は休戦という形で終了。
「――そうだ、背部安定翼は――、
うん、異状ないね――」
>西暦2085年 アメリカにおいて外宇宙からの人工的と思われる電波を観測。
>西暦2086年 アメリカ大統領、外宇宙知性との接触準備のため全地球上の国家の意思統一が必要であると世界に向けて放送。そのための組織『全地球上国家意思統一機構』の設立を宣言。
「各センサー類の正常動作を確認――。
90式戦術機装義体の正常動作を確認よし――」
>そして―――、西暦2090年。
「オールグリーン――、
いつでもいけるね――」
人ひとりがやっと入れる強化樹脂製の箱の中で、片手でコンソ-ルを叩きつつ動作確認を行う少女。
その首後ろには、機体とケーブルでつながった『インターフェイスユニット』を背負い、前方コンソールの両脇には一対になる操縦桿があってもう片手でそのうちの一本を握っている。
足元のフットペダルを少し踏み込むと、少女を飲み込んでいる樹脂製の繭が小さく震えた。
今夜はどんな夜になるだろう?
――少女はそんなことを考えながら、空に浮かぶ月を眺めたのである。
◆◇◆
7月12日、午後11時24分。
沖縄県、沖縄本島の西に位置する海鳴島。
人口約5000人ほどのリゾート都市のあるこの島の上空に、様々な色の光を点滅させる機体が飛行していた。
ツインローター式のプロペラを持ったその機体は、ホバリングしながら島の上空を回り巡回しているかのようだった。
ガン!!
突如、衝撃波を伴った弾丸がその機体の胴を貫通する。突然の急襲を受けた機体は火を噴きながら地上へと落下していった。
ドン!!
地上の道路上に落下した機体は炎を上げて砕ける。
ただ、これによって人的な被害は幸いにも存在しなかった。なぜなら、今撃墜された機体は日本海上国防軍所属の無人偵察機だったのだから。
炎を上げて燃える機体を、しかし見つめる者は誰もいなかった。道路の両側の商店は、何事もなかったかのように静まり返っている。
一部明かりがついた家屋の並ぶ街並みに、しかし人の気配はかけらも見ることができない。
――まさしくそれはゴーストタウン。
先ほどまで明らかに人がいたであろう証拠に、湯気を立てた煮物を煮た鍋が食卓の机には置かれていた。
そんな街並みの、その端にある広場で少女は眼を開けた。
「おじさん。聞こえる?」
それは年のころは十代前半、十代になったばかりの少女。
頭に黒いヘッドギアつけており、それによって束ねられた黒い髪は腰につくほどに長く、まるで身体と椅子を隔てる緩衝材であるかのように広がっている。
身体の線がはっきりと見えるボディスーツは、その幼いが成長を見て取れる美しいラインを強調している。
その、勝気な感情が見える瞳には、目前のモニターの光が映り込み、その視線はせわしなくモニターの文字表示を追っていた。
少女は、薄ピンクの小さな唇を開いて、親しい親戚の男性に話しかけるようにつぶやく。
すると、それに反応するように、機械音のノイズと共に男性の声が少女の耳に届いた。
「ああ、聞こえてるよ。モモ」
「おっけー、おじさん。こっちの準備はできてるけどそっちは?」
鼻歌を歌いながら話す少女の耳におじさんは語りかけてくる。
「大丈夫だ。すべての準備は完了している」
「荷物も?」
「ああ……。荷物の一つは市街地にある工場の駐車場。
もう一つは予定通り、山頂に運んでおいた」
「よしよし。おじさん、さすがの仕事ですね~」
「それはどうも」
会話の相手のおじさんの声がかすかに笑う。
それを聞いた少女は笑顔でつづけた。
「目標は?」
その言葉におじさんは言葉を返す。
「今日の11時10分ごろに、島の南西部の海底から多脚戦車で侵入している。
機体はおそらく旧ロシアのRT89の改修機だ。とりあえず8機までは確認している」
RT89多脚戦車――、少女は、その情報を頭の中から検索する。
(西暦2080年にロシア軍が再編されたときに大量に流出した兵器群のうちの一つ。
蜘蛛のような4対の脚と、MBT標準装備である155㎜キャノン――、対空リニアキャノンを固定装備としている。
装甲は並程度だけど、力学制御による防御幕を展開しての、威力軽減による防御機能を持つ――。
戦地を選ばない運用が可能な、神出鬼没の鋼鉄の蜘蛛――)
「――うん、どっかのテロ組織の所属っぽいね。おじさん」
「ああ、離島の日本人を人質にでもするつもりだったんだろうさ……」
その言葉を聞いた少女はため息をつく。
「で? その推定8機を私一人で相手しろって?」
「そうだ……。
尖閣の西に展開してるRONの艦隊を刺激するわけにもいかんし、政府的にはこちらの実力を外に知らしめるつもりなんだろうな」
「それは、仕方がないね。私ってばゆーしゅーだから」
その少女の言葉にかすかに笑っておじさんは答える。
「まあ、油断はするなよ?
相手はおそらくRONの手引きを受けた重武装のテロ屋だからな」
その言葉を聞いた少女は、一言「了解」とだけ呟くと。
目前のコンソールを叩き始める。
「それじゃあ――。
日本陸上国防軍、第8特務施設大隊――。
90式戦術機装義体――。パイロット・桃華。
作戦行動開始――」
操縦桿を握り、フットペダルを踏みこんでから、インターフェイスユニットで意識を機体に伝達した。
その瞬間、闇の中で全長12mの巨人が立ち上がった。
◆◇◆
海底エネルギー結晶『エネラス』。その発見は世界にエネルギー革命をもたらした。
かつての天然資源は新しいエネルギー資源にとってかわられ、その価値は暴落し、天然資源輸出で潤っていた多くの国を貧乏にした。
それらの国の人々にとって、エネラスは生活を脅かす敵であり、家族を死に追いやる悪魔である。
悪魔を滅ぼす―――。
それこそが彼らテロ組織『黒い蜘蛛』旅団の使命であった。
旅団団長のロベルトは、RT89改・多脚戦車を駆りつつ、市街地へと歩みを進めていた。
そこの日本人どもを人質にとって、悪魔を駆逐する生贄とするのだ。
合計8機の機械の蜘蛛は高速で島を駆け抜けていく。
先ほど、対空リニアキャノンによって撃墜したドローンから見て、日本の国防軍は迎撃に動き始めているはずだ。
その前に生贄を確保するのだ。
「?!
全機停車!!」
不意にロベルトが声をあげる。目前の森の奥に不審な光球を見たからである。
まさか、もう敵はここまで迫っているのか? ロベルトは警戒しつつ、機体のセンサーを動かした。
ドン!!!
突然の炸裂音と共に、何かが森から駆けだしてくる。煙幕に守られたそれは、全長12mの鋼の巨人。
「日本の機械人形か!!」
その姿を見てロベルトは鼻で笑う。日本軍をはじめとする一部の国で使用されている人型の機械人形。
TRA(Tactical Ride Armor)と称されるおもちゃがあることは知っている。
しかし、ヒト型の兵器が活躍できるのは、日本(笑)の誇るアニメの中の話に過ぎない。
90式戦術機装義体――。
それは、巨大義体・戦術義体をベースとした巨大人型兵器である。
金属製の骨格に人工筋肉を張って胴体とし、動作補助用の重力波フロートを腰裏に設置、耐弾性の特殊樹脂の装甲を鎧のように着込んだ姿は、まさしくロボットアニメから現実に現れた戦闘ロボットに見える。
その操縦法は、脳との直結による精密な制御、操縦桿とフットペダル、コンソール類は、あくまでも補助的な操作機器に過ぎない。
桃華の操作する90式は、骸骨にも見える仮面をつけたセンサーヘッドで目標をとらえつつ、その身を敵多脚戦車の側面へと移動させた。
ロベルトは素早く友軍に命令を下し戦車隊を散開させる。
相手はどうやら機械人形1機だけ。それならどうとでもなろう。
「どうも!! おじさんたち!!」
不意に機械人形から声が発せられる。それは信じられないことだが、幼そうな少女の声。
「日本に遊びに来て、すぐで申し訳ないけど―――」
機械人形が手にした、25㎜小銃の銃口が火を噴く。
「おかえりの時間だよ」
ガガガガガガガ!!!!!
25㎜小銃から放たれた弾丸の雨がロベルトの機体に降り注ぐ。
しかし、
「フン……。この機体にそんなものが」
ロベルトはコンソールに手をやると素早くたたく。
それによって、機体周囲に半透明の力場幕が展開された。
「RT89多脚戦車を、そんな機械人形と一緒にするなよ?!」
ロベルトの機体の砲塔が素早く旋回、その155㎜砲の砲口を煙幕の中の機械人形へと向ける。
ドン!!!
爆音とともに砲弾が飛翔した。
ズン!!!!
土煙が空高く舞う。その中に機械人形はいる……はずだった。
「危ない危ない」
目標の機械人形はいまだ健在であった。背中に二翼取り付けられた補助安定翼によって半ば宙を飛びつつ砲弾を回避していた。
「当たったらさすがに一発だよね。すごいすごい」
少女の声は嬉しそうに笑う。
「でも、当たらなければどうってことはないよね?」
「ち……」
ロベルトは舌打ちして、砲に弾丸を再装填させる。
「こちらに手も足も出ないおもちゃごときが偉そうに」
あえてロベルトは少女と同じように、スピーカーで外に声を発した。
「おもちゃ?」
「ああそうだ! 子供の妄想はアニメの中だけにしろ!」
ロベルトのその言葉に、笑いを含んだ少女の言葉かがえってくる。
「古い頭だねおじさん。
全然、TRAのことわかってないでしょ」
「なに?」
「そっちの多脚をはじめとする主力戦車は、戦術・戦略に合わせて運用される……。
でも、TRAは戦術を駆使するんだよ?」
次の瞬間、TRAの左肩にマウントされた120㎜キャノンの砲口が火を噴く。
それは、ロベルトの機体には命中せず地面をえぐり、大きな土煙をあげた。
「効かんわ!!」
ロベルトの多脚戦車は高速で不整地を走り抜け、一気に少女のTRAへと迫る。
「捕まらないよ!」
少女のTRAは宙を舞いながらその肉薄を振り切る。
「日本政府はどういうつもりだ!!」
TRAを追いながらロベルトは叫ぶ。
「我々に兵を差し向けたかと思えば、おもちゃとそれで遊ぶだけの子供だと?!
我々を馬鹿にしているのか!!」
その言葉に少女は答える。
「馬鹿になんてしてないよ?
テロ屋ごときに、あたしが呼ばれたんだから」
その言葉にロベルトは激昂した。
「ふざけるな!!
我々は家族のために、祖国のために戦っている、誇りある戦士だ!!」
その叫びに、ふいにTRAからの声が途切れる。そして、
「馬鹿じゃないの……」
そう少女はつぶやいた。
「なに?!」
「おじさん。おじさんが人質に取る予定の日本人にも家族がいるって理解してる?
おじさんがテロリズムで殺してきた人たちにも家族がいるって理解してる?」
TRAは空を飛び回りながら、無表情で言葉を投げつけてくる。
「何が誇りだ……、ただの人殺しが誇りを語るな」
その言葉と、多脚戦車の砲が炸裂するのは同時であった。
「聞いた風な口を!!!!」
ロベルトは激昂しつつなおTRAに肉薄しようとするが。
TRAは不意に後方へとジャンプして大きく距離をとってきた。
「貴様逃げるか!!」
「追いかけてくる?」
その言葉を残してTRAは闇の中へ姿を消す。ロベルトは素早くコンソールを叩き、TRAが逃走した方向を検索する。
それは当初の目標であった市街地であった。
「全機散開しつつ市街地へと進攻。敵機械人形を包囲する」
ただ、淡々とロベルトは命令を下すのみであった。
◆◇◆
ロベルトたちが市街地へと侵入できたのはそのすぐ後であった。
そこは、人ひとりいないゴーストタウン。
「日本人は避難したか」
その時になってやっとロベルトは、自分たちの侵攻が日本政府に筒抜けであったことを理解した。
……と、不意に7機の友軍のうちの1機のビーコンが消滅する。
「?!」
ドン!!
市街地の向こうで爆音がとどろき、土煙が舞った。
「ロベルト!!!」
近くの友軍からの通信が届く。
「なんだ?! 何があった!!」
「罠だ!!! 市街地の各所に対戦車トラップが張り巡らされてる!!」
「な?!」
次の瞬間、市街地を囲むように炸裂音が響き始める。
「まさか!!!」
そのまさかであった。
そこは、まさにロベルトたち多脚戦車を取り込むトラップハウス。
先ほどの炸裂音は、市街地から出ようとする多脚戦車を潰すための、罠の起動音だったのだ。
「まんまとハメられた?!!」
まさしくその通り。
「撤去は?!!」
ロベルトは叫ぶが……。
「TRAによる対戦車向けのトラップだ!!
重機を持ってくるか、戦車を放棄して逃げるしかない!!」
その言葉を聞いて、ロベルトはコンソールに拳を打ち付けた。
◆◇◆
ロベルトたちが罠にはまる20分ほど前。
「わー、このおじさんなかなかやるね。展開が素早い。
一瞬にして包囲されちゃった」
TRA内の少女は心底嬉しそうに笑いながら言った。
「でも、もうそこにはあたしはいないんだよね」
そう、今少女はTRAを駆って、第二の荷物の待つ、海鳴島唯一の山の山頂へと向かっていた。
そこにあるのは……。
「あった。さてと」
そこにあったのは、巨大人型兵器用の金属製カバン。
その口を開いて、中の部品を取り出していく。
「よし。全部あるね」
取り出した部品を、TRAの手を駆使して組み立て始める少女。
そして、完成したのは……。
(155㎜狙撃銃――)
戦車砲を改修したスナイパーライフルであった。
完成した狙撃銃の足を立てると、TRAを伏せて射撃体勢に入る。
多目的スコープを覗くとその先にロベルトたちの姿が見えた。
TRA、すなわち巨大人型兵器がおもちゃと呼ばれるのはいつもの事。
でも、彼らは知らない。
巨大人型兵器とは――。
戦術に支配されるのではなく、戦術を支配する兵器。
人型であることこそが最大の武器。
もっとも古く――
そして最も新しい戦術に基づく兵器であるという事。
兵器を駆使する兵器――。
――それがTRAなのだ。
西暦2090年7月13日0時頃。
テロ組織『黒い蜘蛛』は、たった一機の機械人形に全滅させられた。
◆◇◆
「モモ……ご苦労様」
海鳴島の沖に停泊していたTRA母艦の中でおじさんが桃華に語りかけた。
「まあ、こんなもんでしょ」
にこりともしない桃華におじさんは、
「さすがの手際だよ」
そう言って頭に手を置いた。
「こーらー! 子ども扱いするなって、いつも言ってるでしょ!!」
「ははは……子供だろ? れっきとした」
おじさんはそう言って笑う。
しかし、その心の中は決して笑ってはいなかった。
(そう、子供、我々はその子供を戦場に駆り出している。
決してその咎を忘れてはならない……)
西暦2070年代より日本をはじめとする一部の国で使用され始めたTRA。
それは、機械義手――、義体技術を基盤として、力学制御システムによる姿勢制御などを組み合わせ構成された人型の兵器。
しかし、絶大な力を持つそれには欠点があった。
それは、ヒトの形から離れれば離れるほど、特殊な精神的才能を必要とすること。
歪な人の形をしたTRAはそれだけで、特殊な才能を持つ一部の人間にしか扱えなかったのである。
それゆえに、ある時期、日本政府は秘密裏にTRAパイロットを製造することを考えた。
それによって生まれた人造強化人間それこそ――。
「モモ……」
「なによおじさん」
「よくやったな」
そのおじさんの言葉に、桃華は満面の笑みを浮かべたのである。
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