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窓から入ってきた翔馬くんに驚きしかない私に対して、茶目っ気たっぷりに唇に人差し指を当てる。
「男子禁制だろ。バレるとヤバいから声出さない」
私も慌てて手で口元を抑える。でも。
「駄目だよ。風邪がうつったらどうするの?」
「風邪は人にうつすと治るんだって。だから俺にうつして早く治してよ。こんなに痩せちゃって…、あんなメッセージ送ってきて…」
私の頬にあたる翔馬くんの手が冷たい。
「熱あるじゃん。座って」
大人しくベッドにもたれて座る。翔馬くんはテーブルの上に箱を置いた。
「一緒に食べる約束のケーキ。形が崩れていたらごめん」
それは小ぶりなホールケーキで、生クリームとイチゴがたっぷりのっていた。
「美味しそう」
「夏生の誕生日のお祝いしなくちゃ。一日早いけれど」
翔馬くんが笑った。
「という口実で友子と一緒にいたかった」
「翔馬くん…」
にっこり笑ってから翔馬くんが立ち上がる。
「飲み物ある? キッチン借りるよ」
紅茶を入れてくれる翔馬くんに夢を見ている気がする。
さっとケーキも切り分けて、お皿に乗せてくれた。至れり尽くせり。
「はい、あーん」
「え、ええ。食べられるよ」
「いいから。お世話してあげたいのに何もできなかったし、そもそも既読スルーで冷たいし。このくらいさせろ」
目の前のフォークには美味しそうなイチゴと生クリーム。思い切り大きな口を開けてみた。
「美味しい」
喉の痛みが感じられないくらい、美味しい。
「本当だ」
気がつくと同じフォークで翔馬くんもケーキを食べている。イチゴ好きな彼は全く気にしていない。
いつもの嬉しそうな顔。翔馬くんは本当にイチゴが好き。だけど…。
「ねぇ、本当にうつっちゃうよ」
「…ついている」
そう言って翔馬くんは私の唇の端を舐めた。
「ねぇっ」
「だから、俺にうつして。かわいそうだよ、こんなにやつれて。あまり食べられないんでしょ。俺にうつして早く元気になってよ」
困ったような顔の翔馬くんが私の頬を撫でる。
「友子が元気じゃないと困るんだ」
「翔馬くん…」
今度はちゃんとキスをした。軽く、何度も触れるようなキス。そして、翔馬くんのため息。
「ごめん。熱が上がっちゃうよな」
熱なのかそうじゃないのかはわからないけれど、顔が赤いことだけはわかる。
「治ったらどこかに行こう。来年こそは野球も見に行こう。また夏生のお祝いをしよう」
抱きしめてくれる翔馬くんの体をギュッと抱きしめる。翔馬くんの汗の匂いがして、こんなに一生懸命会いに来てくれたことが嬉しくなった。
「うん。ありがとう。来てくれてありがとう。大好き」
「…だから…そんな潤んだ目でそんなこと言わないで。我慢してんだから」
「何を?」
「…小悪魔」
もう一度触れるだけのキスをして、私はベッドにもぐりこみ、翔馬くんはそっと窓から帰った。
私は熱に浮かされていたに違いない。私の部屋は4階だったことを忘れていたのだから。
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