最悪の出会い

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

最悪の出会い

 失敗した。 「お願い(なお)君。一回会うだけでいいの。ね、一回だけ」と親戚のおばさんに勧められたから、まあ会ってみるだけ会ってみようとか思ったのが間違いだった。  来たのはいかにも気が強そうな女だった。俺は気が強い女は昔から苦手だった。俺はソッコーで断りたかった。  けど。 「決めた! 私、あんたと結婚する!」  断る言葉が思い付かない間にそんな風に言いやがるもんだから、こっちの両親も向こうの両親もすっかりその気になってしまい、俺は何も言い出せすじまい。  結局、俺とこいつは婚約者ということになった。  オトと婚約してから三ヶ月が経った頃。まあまあ俺もこいつもお互いの性格とかだんだん掴めるようになってきたと思う。  来月結婚するんだからどうせ一緒に住むことになるというのに、こいつは気が早いらしく、最近俺のアパートに一緒に住むようになった。 「ねえ、次の休み買い物行こうよ!」 「ひとりで行けば?」  そんなことを言ったら思い切り両頬をつねられた。 「いてーって! 離せ!」  ほんとに痛い。ほっぺたがジンジンする。こんな細い腕のどこにこんな力があるのか。 「あのねえ、仮にも婚約者に向かってそういう言い方はないでしょ? 私ら来月には結婚するんだよ!」  仮にも婚約者ならもっと優しく接しろっての。  というか仮にって。 「行かないならもっかいつねるよ?」  いや、それは勘弁。自慢じゃないが俺は気が弱い。腕力もこいつには敵わないし。力ずくで逃げてもあまり意味がない。 「わかった、行くよ」  俺は渋々承諾した。  街を歩いてると、通行人がこちらをチラチラと見ているのがわかる。いや、俺を見ているわけではないのもわかる。  隣のこいつ。  俺が言うのもなんだが、こいつは美人だ。気が強いし言うことがいちいち細かいしお節介だし不器用だし。  それでもこいつの人となりを知らない奴らからすれば付き合いたいとか思われるような容姿をしているのは確かだ。  何でも学生時代は、ほぼ毎日のように告白されてたと聞く。モテモテだ。本人はあまり気にしてない風だったが。 「何よ、さっきから。私の顔に何かついてる?」  やべっ。無意識にじっと見てたみたいだ。俺はごまかすように顔をそらした。 「別に、何でもねえよ」  だからどうしてこいつが俺みたいなのと結婚しようと思ったのか、謎だ。  「ふーん。てっきりこの美しい顔に見とれてるのかと思ったけど」  自分でこういうこと言うんだよなあ、こいつは。 「あ、でもあんたはものすごく間抜けな顔してたわね」  あとすっげえ失礼な奴だわ。  ある店の前でオトが止まる。俺の服の袖を引っ張る。仕方ないので一緒に入ってやることにした。 「ここの雑貨屋さん、最近できたって聞いて。来てみたかったんだあ」  店の中に入ると、全体的にピンクとオレンジと黄色って感じ。棚にはイヤリングやピアスみたいなアクセサリー。小さな鞄なんかもある。  女子っていうのは何でかこういうところ好きだよな。周りはみーんな女子ばっか。俺浮いてるじゃん。  早いとこ、ここから出たい。 「あ」 「ん、どしたの?」  俺の声に反応して、オトが俺の視線の先にあるものに気がついたのか、声を上げた。 「あ、ウサギのぬいぐるみだー、かわいー! ほしいの? 買う?」  めちゃめちゃ目をキラキラさせてこっちを見てくる。  最悪だ。よりにもよって一番見られたくない相手に見られてしまった。  俺はさっさと違うコーナーに行った。 「何よー? 買わないの?」 「別に、ほしくないし」  ほんとはすごくほしかったし、何なら家にいっぱい置きたいくらいだけど、そんなことこいつに知られたらからかってくるだろうし。  もうばれてると思うが。 「ふーん。なーんか無理してるって感じー」  俺は無視した。  家に帰るとオトが袋二つ分をテーブルに置いた。 「お前そんなにたくさん何買ったの?」 「これ? 手芸用品」 「え、お前裁縫はできるの?」  婚約してからこいつに何回か料理を作ってもらった。  だがあれはもはや人間が食べられるものではない。それでもこいつなりに上達していると思っているらしいところが怖い。  裁縫は大丈夫なのかな……。 「『は』って何よ『は』って! 大丈夫! 私だってやるときはやるの!」  右手でピースを作りウインクするオト。  でもその言葉は信用できない。  三週間後。 「ハッピーバースデー!!」  仕事から帰ったらいきなりオトが俺に向かって言ってきた。 「へ?」 「あんた今日誕生日なんでしょ? 皆で色々準備してたんだよー」 「え、ああ」  そういや今日だったっけか。すっかり忘れてた。  テーブルにはサラダとか魚が盛り付けられている。 「これ、お前が作ったの?」 「はは、さすがに無理。あんたんとこのお母さんが作っていってくれたんだよ」  だろうな。綺麗に盛り付けられてるし。お、俺の好きなロールキャベツもある。 「とりあえず食べよ食べよ」 「お、おお」 「誕生日おめでとー!!」  クラッカーを鳴らされる。俺たち二人しかいない。家族は気を利かせてくれたようでいないが、二十四にもなってこういうのは恥ずかしい。 「はい、これ」  オトが箱を渡してきた。 「何だ?」 「このタイミングで渡すものっていったらプレゼントに決まってるでしょ!」  何故か怒られる。 「お、おお。サンキューな。……中見ていいのか?」 「当たり前じゃん、というか早く開けてよ」 「お、おお」  早速開けて中を見る。俺は中身を見てかなりびっくりした。ウサギのぬいぐるみ、だよな。ところどころつぎはぎだらけで、とても売り物には見えない。  まさかこれは手作りか。 「何よその顔は」 「いや、もしかしてこれお前が作ったの?」 「そうよ! 私だってやるときはやるんだから!」  誇らしげに言うことか。  でも何だろう。すごく嬉しい。 「あ、あんたウサギ欲しがってたじゃん。でも何でか買わなかったから。その、とりあえず作ってみよっかなーとか考えて。手作りだったら気持ちもこもると思って……」  急にうつむいて顔を赤らめるオト。  でも今度は不安そうに言う。 「……やっぱり嬉しくない? あんまりうまくできたとは思ってないけど……」  いつもどれだけ失敗しても自信満々で、時には開き直るといった感じだったから、自信なさげなこいつを見るのは新鮮で。  同時にちょっと、切ない気持ちにもなった。 「いや、嬉しい……」  俺は思わずオトを抱き締めた。それはもう力いっぱい。  そういえば、婚約してからこんな風に抱き締めたことなんてなかった。自分の気持ちに素直になったらこんなにも大胆になれるものなのか。  腕の中にいるオトも嬉しそうなのがわかった。  一ヶ月後、俺たちは予定通り結婚した。 「やっぱりあんたはサイコーの旦那だね!」  お前はサイコーの嫁だぜ。  なんて、面と向かってはまだ当分言えそうにない。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!