第三章 現れては、消えてゆく

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第三章 現れては、消えてゆく

茜がかる日差しの下、伽久山神社の妖たちが、桜を囲んで座っている。 その中心には、太い根に腰を下ろし、静かな口調で語らうカヤがいた。 「カグヤの言う通り、あの子には、何かの呪いがかけられている。でも、それが何なのかは、僕にもまだ分かっていない」 カヤのすぐ後ろ、カグヤは幹に背を預けつつ、その言葉に耳を傾けている。 「ただ、分かっていることは、あの子が何度も生まれ変わっては、僕の前に現れるってことだけなんだ。千年前から、ずっとね。」 それを聞いて、俄に妖たちがざわめいた。 しかし、話はここで終わらない。 「名を変え姿を変え、ある日突然、ここへやって来る。出逢うのはいつも、今日みたいな冬の日で。そして――」 カヤの眼に、深い哀色が影を落とす。 「――そしていつも、花が咲く前に、この世を去ってしまうんだ。」 そう。出逢う度に花を待ち望む少女の眼に、美しい桜色は映ることの無いまま。 少女はいつも、十三歳という若さでその生涯を終えるのだ。 「…あの子、僕の所に来るといつも、花が咲くのを楽しみに待ってくれるんだ。僕だって、どうにかして見せてあげたい。何度も何度もそう思った。でも……」 時には病で、時には事故で。 カヤの目の前で、少女は何度も死んでいった。 助けたいと、どれほど願っても。 そうして、いつの頃からか、少女の命の陰に見え隠れする黒い気配に、カヤは気づいた。 句句廼馳であるカヤにとって、陰陽道の呪術など本来縁の無いもの。 しかし、それでも存在を見抜ける程、強力な呪が少女にはまとわりついている。 一つの天命を歪めてしまう程の、強力な何かが。 「その呪いさえ無ければ、あの子の時間軸はきっと元に戻る。そうすれば、あの子にもきっと幸せな人生があるはずなんだ。――でも、あの子を呪いから守れたことは、一度もなくて…」 ここにきて、カヤはひとつ、短い溜め息を吐いた。 瞼を落とし、そしてまたゆっくりと持ち上げる。 「…そうこうしてるうちに、僕ももう、こんなに歳を重ねてしまって。あの子に会えるのは、これが最後のチャンスかも知れないって思っているんだ」 その言葉に、妖たちが顔を見合わせる。 「何を仰るか、カヤ殿。ワシらの為にも、カヤ殿にはまだまだ長生きしてもらわんといかん」 箒神が眉を吊り上げるのを見て、カヤは慌てて言い直した。 「あ、いや、もちろん出来る限りはここに居るつもりだよ。だって、あの子が僕の前に現れるのは、数百年に一度だけだからさ。そこまでは流石に、ってこと」 そう言って妖たちを宥めるカヤ。『数百年』という単語に、彼らも一先ず胸を撫で下ろす。 「…だから、今度こそあの子を――紫波を、助けたいんだ。どんなことをしてでも。」 静かだが、強い意志のこもった声音。 己の拳を真っ直ぐに見つめた瞳は、しかし次の瞬間には、また哀しみに揺れた。
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