第三章 現れては、消えてゆく

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「…なんて、ね。また、何も出来ずに終わってしまうだけかも知れないけれど」 力無く笑うカヤに、目の前の妖たちは、誰一人として掛けてやる言葉を見つけられない。 少女を失う度、この優しき桜の精は、どれ程自分を責めてきたのだろうか。 沈黙の中、夜の帷の足音。そして。 「――"鍵"を」 唐突に聞こえた声に、一瞬で視線が集まる。 声の主は、妖狐だった。 その場の全員に注目されて、みるみる頬を赤らめる妖狐だったが、それでも精一杯声を絞り出した。 「"鍵"を、見つけなきゃいけないと思うの。どんな呪いにも、必ず引き金になった"鍵"が存在するから。」 「…"鍵"?」 カヤが問い返す。妖狐は、こくりと頷いた。 「呪いが始まったきっかけを調べるの。始まりの"鍵"が分かれば、呪いを終わらせるための"鍵"もきっと見つかるわ。」 太古の昔から、狐は人間に最も近しい妖怪の一種だ。 多くの狐たちは、人の世と交わりながら修練を積み、神通力を持つようになる。 今まさに修行中のこの妖狐も、陰陽師の使う術式の何たるかを、先達に教え込まれてきたのだろう。 「――成程。呪を破る"鍵"か。」 それまで黙って成り行きを見ていたカグヤが、不意に口を開いた。 「あの娘の輪廻は、千年前からずっと変わらないのか、カヤ?」 後ろから、カヤを覗き込む。 「…いや。最初だけは、違ったよ」 記憶の糸を手繰るように、カヤは一瞬だけ目を瞑る。 「…千年前だけは、あの子は一年以上、僕と一緒にいた。それに、亡くなった場所もここじゃなくて、京の都だったんだ」 「京都?なんでそんな遠い所に行ったんだよ?」 そう言って首を傾げる座敷童子。 「千年前、あの子は貴族のお姫様だったんだよ。十三歳までここに住んでたんだけど、その年の冬に、父親の住む京に移ることになったんだ」 千年前、今の伽久山神社の場所には、地方大名の屋敷が建っていた。 冬晴れのある日、普段は来客など滅多にない山奥の屋敷に、都から遣わされた立派な牛車がやって来たあの時のことを、カヤは今でも鮮明に思い出せた。 「ふむ。当時で十三となれば、ちょうど裳着の時節じゃのう。お父上は、姫君を入内でもさせるおつもりじゃったのかもしれん」 カヤの話に頷く箒神。 「もぎ…じゅだい…?」 眉間に皺を寄せる童子に、妖狐がこっそり耳打ちする。 「裳着っていうのは、平安時代の女の子の成人の儀式。入内は、天皇のお嫁さんになることよ。」 そんな二人はさて置き、カグヤは話の続きを促す。
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