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「えっじゃあネックレスくれたお金持ち?」
間違ってはいないが、品のない発言だ。実咲に空気を読むなどは不可能だが、もうすこしどうにかならないものか。
夕美が素直に頷くのを躊躇っていると、宵子がすっと立ち上がり、自慢の黒髪をさらりと流して行儀よくお辞儀をした。
美しい動作は、彼女の育ちの良さがあらわれていて、清純な空気を漂わせている。
「はじめまして。夕美の親友の宵子です」
花のような微笑みは、とろける甘い蜜のように芳香を放っていて虫を誘惑する。上品でありながら、艶めかしさと隙をのぞかせているのが巧妙だ。彼女は男の扱いを心得ている。
あぁ、彼女らしいな。
夕美は宵子と婚約者の孝雄の間に生まれた、奇妙で肌にねっとりと絡みつく熱を感じ取る。
見つめ合う二人の様子を察したらしい実咲は、瞳をキラキラとさせた。期待に満ち溢れたそれは少女漫画を読み、恋を楽しむ若い少女そのものだ。夢見がちで、禁断やらそういった恋愛を傍から見るのが好きらしい。
「……ねぇ、孝雄さん。そろそろいい?」
わざわざふたりきりの時間が欲しいと提案した夕美は、ぼうっと立ち尽くす高尾へ声をかける。
「え、もう行ってしまうの……?」
とたんに宵子が悲しげな表情を浮かべた。まるで好きな人を取られたかのような。
「あの。わたし」
宵子の蚊の鳴くような声は、騒がしいカフェにのまれてかき消えた。
名残惜しげに、戸惑いがちに。宵子の手が孝雄へと伸ばされる。しかし服を掴む前に、きゅっと己自身の手を握り合わせて引き止める。祈るように両手を合わせて胸に抱える姿は、どこまでも健気で儚げだ。
孝雄はそれを一瞥してから眉を寄せた。苦しげな、たえるように。
私が邪魔しているみたい。
夕美は心の声を、決して表に出さず。
未だ見つめ合う悲劇のヒロインとヒーロー然とする彼女たちを置いて、さっさっとカフェを出た。
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