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「――ねぇ、実咲。わたし、どうしたらいいの」
夕美には言えない相談がある。そう宵子に呼び出されたとき。実咲は不謹慎だが期待に胸をドキドキさせていた。
仕事が終わり。夕美を避けるように、二人揃って、こそこそと退社して個室がある居酒屋に飛び込んだ。
甘いカクテルを頼んで人心地ついたころ、宵子は不安を隠しきれず、重い口を開いた。
結果。まさか、と予想した未来は現実となった。
実咲はぎゅうっと胸元を掴む。緩みそうな顔を引き締めなければ。
宵子はこんなにも思い悩んでいるのだから、親友である自分がしっかりして、助けよう。実咲は己に言い聞かせて、息を吐きつつ興奮を押し殺した声で、密やかに問いかけた。
「ひとめぼれ?」
「えぇ。ひとめみて、あぁこの人だって。わたしが探し続けてきたのは、待っていたのは孝雄さんだったんだって気づいたの」
ほんのり頬を赤らめて、熱っぽい吐息をこぼす。瞳はとろんと潤んでいて。孝雄に恋い焦がれているのは一目瞭然だった。
しかし孝雄は。
「夕美の、婚約者なのよね……駄目だってわかってるの。でもね、どうしても」
苦しげに言葉を飲み込む。決定的な発言はだめだと諌めている姿に、実咲はときめきを感じずにはいられない。
禁断の恋――なんて素敵な響きなのだろうか。
「宵子、あたしの目から見ても絶対孝雄さんも宵子が気になってたよ!」
「えっ……?」
目を丸くする宵子に頷く。
夕美がカフェから出ていったあと、孝雄は宵子しか目に入っていなかった。正直、夕美など眼中にない。
求めるように何度も口を開いては、閉じていた。やがて簡素な紙切れを、宵子の細く小さな手に握らせると「すまない。不誠実と思われるかもしれないが、このチャンスを逃したくない」と立ち去った。
わかりやすいにもほどがある態度だ。
「そう、なのかしら」
「そうだよぉ! 紙にはなんて?」
「……れ、連絡先よ」
恥じらいつつ折りたたまれた紙を取り出す。宝物のように両手で丁寧に広げると、綺麗な字があらわれた。
連絡先だけで簡素な内容だが、それのほうが本気なのだと、うかがえる。
「もう連絡したの?」
「えぇ、何かご用だったのかしらと思って」
鈍感な子。まるで昨日読んだ漫画の主人公みたい。ヒーローの好意に一切気が付かないで、振り回す。実咲のだいすきなヒロイン。
「そしたら、そしたらね」
「うん、うん」
「あ、あいたいって。ふたりで。でっでもお互い婚約者がいるのに、悪いことなんじゃないかって。……わたし、どうしたら」
「宵子は会いたくないの?」
「会いたいわ!」
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