一生、ゆるしてあげない

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 言い切った宵子は、はっと口を押さえて警戒するように辺りを見渡す。  当然個室なので、二人以外は存在しない。すぐにホッと胸を撫で下ろした。  実咲のなかに充実感、幸福、興奮があふれる。  日常が一変する、作り変えられていく感覚にぞくぞくした。まるで物語に飛び込んだよう。 「二人が同時に運命だって思ったってことでしょ……素敵」 「そうなのかしら」 「そーじゃなきゃ孝雄さんだって婚約者がいるのに連絡しないって!」 「うんめい……」 「二人は結ばれるために出会ったのね、すこし遅かっただけよ」  で、運命は刺激をそえてやってきた。実咲は何度も感じ入るように頷く。きらめく言葉の数々を噛み締めて、ふと。 「あっでも……宵子、いいの? 彼は」  彼――宵子の婚約者だ。彼とは大恋愛の末、宵子の親に認めてもらうまで辿り着き、ようやく結婚を許してもらった。  そのときも手伝ったのを思い出す。ふたりきりになれるよう手配して、忘年会やらも隣に座らせて、酔った宵子を送るように仕向けた。  あのときの二人、とても幸せそうだった。交際も周知の事実で、みんなに祝福されていたのだ。  そこまで行くのに苦労したのを知っている実咲は、一抹の不安に駆られる。  宵子は首を横に振って、悲しげに眉を下げた。 「みんなお祝いしてくれたから、言い出しづらかったんだけれど……あの人、変わってしまったの」 「どんなふうに?」 「わたしに興味がなくなったみたいに、そばにいてくれないし、返事も素っ気なくて。笑ってもくれないの、記念日も忘れちゃったみたいで」 「なにそれ、ひっどい!」 「きっと運命じゃなかったのね、わたしたち。だって孝雄さんを初めてみたときと、全然違ったもの。孝雄さんは」  宵子は紙を抱きしめて、俯く。さらりと耳からこぼれた黒髪で顔は見えないが、のぞく肌は朱色に染まっている。  健気さがヒロインの風格で、応援したくなる。  その姿を眺めつつ、実咲はムカムカとした気分を露骨にあらわす。  せっかく運命だと思ったのに、だから手助けしたのに。なんてひどいやつなのか。いやこうして、本当の相手と出会ったときのスパイス的存在になったのだから、無駄ではないのだろうけれど。 「ねぇ実咲、わたしって最低ね。だって親友の、夕美の恋人をまた奪うのだから」
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