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「――そんなの、無責任ね。どうなるか想像もできなかった?」
燃え上がる恋は、やがて火の海と変化して周りを焼き尽くした。
氷のような瞳で見下ろす親友である夕美に、地べたに座り込んだ実咲はきっと睨みつけて叫ぶ。どうして。
「どうしてこんなことするのッ!」
あれから。
あれから全てが順調だったように思う。
実咲は夕美と二人だけの予定を作り、そのすきに孝雄と宵子は逢瀬を重ねていた。
メールや電話で教えられる進展。今日はショッピング、夜景の見えるレストランでディナー、ホテル、最終的には孝雄の家でお泊まり。
うまくいっていた。やはり運命だったらしく彼女たちは息をつく暇もなくお互いにのめり込んでいき、すぐさま恋人になっていた。毎日のように愛を確かめあい、乗り越えなければならない障害についても語り合っている。
理想のカップルだ。きっと二人でならば婚約者などの問題を解決できると確信した。それほどにもお似合いだった。
なのに。なのに、なのに!
「それはこっちのセリフじゃない?」
億劫そうな夕美を引きずり込んだ給湯室。
狭い空間で、夕美は気だるげに背中を窓に預けている。対する実咲は、朝方に起きた事件の恐怖から、立ち上がる元気もない。
協力を約束して二ヶ月すぎた朝。
いつもどおりに出勤した実咲を待ち構えていたのは、いつもどおりとは異なる空気であった。
とてつもなく重く、嫌な視線があちこちから突き刺さる。
おはようございます、と声がけしようが遠巻きに見られてひそひそと感じ悪い。
何事かと怪しんでいたところに、飛び込んできたのは。
「こんなのバラまいてどういうつもりなの!」
投げ捨てた何枚もの写真。
夕美は、ぶつかることなく、ひらひらと舞って地面に落ちたのを一瞥してから一枚だけつまみあげた。じっと眺めてから、鼻で笑い飛ばすと汚いもののように払い落とす。
するりと実咲のもとに戻ってきたそれ。そこには。
「清純で有名な社長令嬢の、爛れた夜の密会ね。それ、書き込んだのは私じゃないけど。誰のセンスなのかな、ゴシップ記事みたいで陳腐だけど結構好き」
「夕美! あんたなんてことを!」
シーツから露出した肩からうかがえる、おそらく裸の宵子と孝雄のツーショットだ。幸せそうに腕枕されてカメラ目線で笑う宵子の下に、赤文字で爛れた密会だと下品に記載されている。
この写真は実咲も一度、宵子から見せられた。現状どれくらい仲良くなったのか知りたいとねだったら送ってくれたものである。
「私がしたのって、数名……いつも給湯室で噂話に花を咲かせているお姉さんたちに何か面白いことないかって言われたの。それで話の種として、私の婚約者と夕美の熱愛を提供したのよ。嘘つきと思われても嫌だから証拠として、写真も提示したの」
「この写真どうやって……」
「あのね。パスコードはもっと難しくしたほうがいいわよ。あなたの好きな少女漫画のヒロイン、私も好きだしね」
「な、にそれ」
「あと人の趣味に口を出すのも失礼かもだけど、他人のそんな情事を醸し出す写真保存しとくとか、どういう趣味?」
実咲の携帯電話に設定したパスコードはヒロインの誕生日。つまりは。
「アンタ、私のスマホ勝手に触ったの? 最低よ!」
「あは、そう? お褒めの言葉をどうもありがとう」
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