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皮肉めいた礼と、蔑む鋭い瞳。冷笑が歪んでいて実咲を思わず息を呑む。
びくりと肩を揺らして怯えるが、夕美が引き下がる気配は一切ない。
「私が話したのはそれ一回だけなんだけど。おひれがついて広がっちゃったみたい」
「そんな……ッアンタが宵子の恋も立場も奪ったも同然なのよ!」
歯切りをすれば夕美の顔から表情が抜け落ちる。
感情が消えて、肌が切り裂かれるような凍てつく空気が部屋を支配した。
呼吸すらできなくなるほど、重く痛みが伴って実咲を責める。
「さきに、私から大切なものを奪ったのは、だぁれ?」
「っ、あ」
「奪って踏みにじった。だからね、わざとなのよ」
「わざっ、と?」
「わざと高いネックレスとかつけて、孝雄を見せつけた。他人の幸せが欲しくなっちゃう宵子なら飛びつくと思ったけど……ここまでうまくいくなんて、さすがに予想してなかった」
「やめてよ! 宵子は高級品とか、他人の幸せとか関係なく運命の相手を見つけたから」
「あのさ。略奪愛とか、禁断の恋とか、運命とかさ。夢見るのは勝手だけど、巻き込まないでほしいの。あと別に孝雄と宵子が運命とか興味ないし。結果が全て。宵子は婚約者がいるのに、知り合いの婚約者に手を出した。その事実が大事なの」
孝雄は単なる餌だしね。
付け加えられた言葉に、頭がついてこない。目が回り、呼吸が乱れていく。
宵子の問題もだが、実咲はもう一つ広まってしまった噂が自身を蝕んでいることを、気がついていた。
「……私の恋人、いえ今は宵子の婚約者になってしまった秋浩については許す気はないの」
秋浩。
夕美の元恋人で、宵子が恋をして婚約までこぎつけた相手だ。
射殺さんばかりの目がおそろしく、実咲はついに視線を下に向けた。ひゅうひゅうと喉が鳴る。
「秋浩は必死に拒絶してたのに。社長が娘のためにって強引に婚姻へと勧めた。彼の悪評を流すとか、同じ会社で働く彼の父親をリストラさせようとか。そんなあくどい手を使って。それがね、わたし、許せないのよ」
「あ、あたしは何もしてない!」
「うそつくな」
したでしょ。いっぱい。少女漫画みたいって馬鹿みたいにはしゃいで、私と秋浩を引き離して、宵子の恋人だって周りに言いふらしたじゃない。
冷たい声に、彼と結ばれるまでに手を貸した日々を思い出した。
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