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「同罪よね。だから、貴方の噂も話してあげたの――婚約者を奪う手助けしちゃう最低女だって」
「あ、ぁ、あ」
「大丈夫、宵子とは違ってあなたは噂。気にしないふりすれば会社に入られ続けるわ。私みたいに恋人をとられたのをおくびにも出さないで、笑ってればいいの」
「そ、んなの」
「でも覚えていて。みんなが忘れて、誰もがあなたを受け入れても。わたしだけは、一生」
――ゆるしてあげない。
お父さん、ひどいわ。私と孝雄は思い合っているの。運命なの。いえ孝雄は、昨日から連絡がとれなくて。ちがうわ。逃げたんじゃないの。迎えに来てくれるわ。そんな、お父さん考え直して、孝雄と結婚できなかったら誰と……。
みっともないな。
社長室から漏れ出た声に、入る気力を失った夕美は踵を返して来た道を戻る。
呼び出されたが、すぐとは言われなかった。錯乱した宵子と鉢合わせないよう、時間はずらすべきだろう。長い廊下をさっさと歩いた。
宵子がどうなるかは目に見えている。世間体が第一の社長は、仕事をやめさせるだろう。
どうでもいいが、しばらく自分も好奇の視線に晒される身なので、やっかいな種はいないほうが楽かもな。実咲も退職するみたいだしとつらつらと考える。
何人かすれ違うと哀れみを向けられるが、夕美にとって気に留める価値もない。こうなるのは覚悟の上だ。
「――……」
その、何人のうち。
一人、同じく無遠慮に観察される男が、前から歩いてくる。
一瞬、目が合う。
しかし話しかけることもなく、また廊下の先へと目線を戻した。
すれ違う数秒にも満たないとき、小指が触れる。
久しぶりのぬくもりは感じ入る暇もなかったというのに、残り続けて全身に行き渡り、どんな不安からも守ってくれている気がした。
そっと口元に指を持ってきて、自然とこぼれた笑みを隠した。
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