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「今年も花火大会は無しか……」
時季外れの大雨に水嵩の増した川面を眺めて、橋の欄干から少年はぼそりと呟いた。
数年前から猛威を振るう新型ウイルスのせいでありとあらゆるイベントは自粛の憂き目にあった。
修学旅行の思い出も作れなかった。
学生達が青春を燃やしていた大会というイベントは軒並み中止になり、少年少女はかつては詰めようと躍起になっていた異性との距離に怯えながら、二度とない学生時代を送っていた。
「高校最後の夏も何も出来ないまま終わっちゃうの?……」
後ろを歩いていたクラスメートが淋しそうに呟いた。
「仕方ないよ……あたし達だけじゃなく、どこもみんな同じなんだし……」
並んで歩いていたもう一人の女子がぼやいた。
少女達のぼやきを耳に止めた少年が振り向いて少女の一人を手招きした。
近寄った少女の耳元に少年が顔を寄せて何事か小声で喋った。
耳を傾けていた少女の顔に驚きの表情が浮かび、ついで微笑みが沸き起こった。
二人の様子を見守っていた少女の面前で耳打ちされた少女が少年に向かって大きく頷いた。
「んじゃ8時にこの下で!」
快活に言った少年が小走りに橋を渡っていった。
事情がわからず戸惑う少女を耳打ちされた少女が笑顔で促した。
ーーーーー
「急に集合だなんて一体なんなの!?」
集まった女子の手にコンビニで買い求めた手持ち花火を配りながら、先程の少女が一堂に声を張る。「間は充分あけてね!」
橋の端から川岸へ降りた女子高生たちはてんでに愚痴をこぼしながら川べりに並んでいた。
すっかり雨雲が晴れて、流れの緩やかな川面にはあえかに満天の星空が映っていた。
「向こう!!」
並んでいた少女の一人が叫んだ。
川の向こう岸で花火が綺麗な軌跡を描いていた。
ひとつ
また一つ
不格好に模様を描く光の奇跡がその数を増やしていった。
「ハートマークだ!!」
女子の黄色い声が叫んだ。
見れば確かに。
「嘘ッ!あたし達もしかして告られてるの??」
別の少女が叫んだ。
並んだ女子の一人が答えて花火でハートマークを描いてみせる。
向こう岸でどよめきが起こった・。
岸の両岸で花火が乱舞した。
花火の乱舞に合わせて両岸の黄色い声も踊った。
(新型コロナのせいで一杯苦しめられたし、一杯我慢もさせられたけど……)
少女は花火を振り回しながら思った。
(おかげでこんな素敵な夏の思い出を!)
満天の星空に大きくハートを描きながら。
一生忘れないだろうと思った、この夏を。
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