初めから君に恋をしていた。

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 豪雨により増水した川の中州に、数人が取り残されている、という。 「アッシュベリー聖騎士団なんて、手練揃いだろ? 自分たちでどうにかできないのか?」  救助要請の一報が入り、昼下がりのギルモア山麓の詰め所は浮足立っていた。  偶然居合わせた魔導士のフィオナは、右往左往しながら出動準備をしている騎士のひとりを捕まえて、飄々とした口調で尋ねる。  フィオナは灼熱色の癖っ毛に、目鼻立ちのくっきりとした凛々しい美貌の少女。痩せて背が高く、黒の魔導士のローブを身に着け、赤いベルトで細い腰を締めている。  宮廷魔導士団の新人(ルーキー)ながら、団長の父似の才覚ですでに頭角を表し、年上の男相手でも物怖じしない。  話しかけられた騎士は、相手がフィオナと知ると、非友好的な態度を隠しもせず目を細めた。 「水難は厄介だ。己を過信した者、事態を甘く見た者から沈んでいく。助からない。救助要請はグリフィス副団長の判断だが、妥当だ。無理をする場面ではない」 「それだって、魔導士がいれば飛翔術と浮遊術で岸に運ぶくらい」  屋内で近距離だというのに、声がかき消されそうな激しい雨は、依然として降り続けている。  やや大きめの声でフィオナが言い返すと、騎士はさらにまなざしを厳しくした。 「過酷な戦場を想定した模擬練習の最中で、体力に劣る魔導士は連れていない。聖騎士団の訓練にまともについてこられる魔導士などいないからな」 「そんなの、嫌味っぽく言うようなことかよ。魔導士だって、体力はあるに越したことはないからきちんと鍛えている。だけどそれより、魔力を高めることと魔法の真髄を捉えることが、職業上優先される。だから体だけ鍛えていれば良い騎士団とは差が出る。当たり前のことじゃないか」 「お前……っ」  言われた以上に言い返したフィオナに対し、騎士が気色ばむ。   そのとき、すかさずフィオナの袖を掴んで自分の方へと引いた背の高い人物がいた。 「申し訳ない、妹が無礼を。フィオナは、余計なことまで言い過ぎた。騎士も魔導士も仕事に必要な能力を伸ばしていて、互いに相手の得意には及ばない。それだけのことを、なぜ喧嘩腰に言う」  フィオナと同じ魔導士姿の青年。赤毛には癖がなく、まっすぐ背中に伸ばしていることを除けば、秀麗な顔立ちはよく似ている。「兄さん」とフィオナは呟いた。青年は「行くぞ」とフィオナの腕を引っ張ったまま、詰め所の責任者の元へと向かった。 「宮廷魔導士団のバーナビー・メイです。こちらは妹のフィオナ。近くの保養地に老齢の祖母を見舞った帰りに、この大雨でこちらに立ち寄ったところです。緊急事態と聞きました。ぜひ協力させてください」  声をかけられた中年の騎士は、ほっとした様子で「頼む」と言い、バーナビーに手を差し伸べる。バーナビーがその手を握り返したことで、メイ兄妹、魔導士二人が救助隊に加わることが決まった。  * * *
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