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「は……」
好きじゃない、好きじゃない?
誰が、誰を好きじゃない?
「そんなわけ、ないだろ」
力強く放ったはずの否定の言葉は、何故か随分弱々しかった。山代が佐々木のことが好きという事実は揺るぎ無いもののはずで、何なら佐々木が山代のことを好きではないからと言われた方が納得できる。
それなのに弱々しい反論はいつまでたっても力強くなる気配が見えなくて、代わりに心臓がばくんばくんと嫌な音を立てた。
「そんなはずあるんだよ」
佐々木の声が聞こえる。
「山代は、俺のことそういう意味で好きじゃないよ」
「っ、好きだよ!」
ようやく力強い声が出た。俯いていた顔を無理やり上げて、もう一度好きだと告げる。佐々木はそれでも困ったような笑顔を浮かべていて、それが否定の笑みだと気づいた瞬間、頭がカッと熱くなった。
「なんでオレが佐々木のこと好きじゃないって話になるんだよ!佐々木こそオレのことそういう意味で好きじゃないからそんなこと言うんじゃねえのか!?」
「……俺はちゃんと山代が好きだよ」
「オレだってちゃんと佐々木が好きだ!」
「山代の好きは違う」
「違わな」
「じゃあさ」
初めて佐々木の声が山代の言葉を遮る。前を向いていた茶色がちな目がすっとこちらを向いて、山代の顔を写した。ひどい顔をしているなと思って、次に自身の顔が見えるくらい佐々木の顔が近くにあることに気づいた。
「山代、俺にキスできる?」
「は」
キス?
投げて寄越された問いが宙に浮く。佐々木の口から出た単語が山代の知識の中の言葉と結び付かなくて、馬鹿みたいに体が固まる。
いや、理解はできていた。キス。恋人同士がやるスキンシップの一つで、唇と唇を合わせるもの。きっとこの距離ならすぐ動けばそれが出来る。それに山代はそれが出来るくらいに佐々木のことを好きである自信があった。
けれど、体はいつまで経っても動かない。佐々木は急かすことも止めることもなくじっと山代を見ていた。
動けば良いだけだ。恥ずかしさはあるけれど、それ以外に拒む理由はない。それにキスしてしまえば、山代が佐々木のことが本気で好きだという証拠になるだろう。
なるから、だから、動けば良いだけだ。
「…………、」
吐息が漏れる。
僅かに体を動かして、佐々木に近づく。
近づきすぎた佐々木の顔がぼやけた。
さっきまでうるさかった蝉の声が随分遠くなって、代わりに心臓の音が耳元で響く。
吐息が触れるくらいの距離になって、
そして、
「……っごめん、ごめん佐々木、」
「できない……」
そのまま、離れた。
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