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旅人
どうやらかなり酔っ払って書いたみたいだ。筆跡が乱れているので読みにくいが、それでも私の字だ。
その時、廊下での騒ぎに気づいたのだろう。隣りのオバさんがドアを開け、心配そうに声を掛けてきた。
「ねえェ、キョンちゃん。トラブルかしら?
警察へ通報しようか」
隣りのオバさんは私のことを子供の頃から『キョンちゃん』と呼んだ。私もアラサーなので、かなり恥ずかしい。
「え?」どうしよう。通報案件だろうか。
「いえいえ、これはオレと杏華のプライベートな問題ですから。通報しても民事不介入なので」
美少年は微笑んで法律用語を持ち出し、うまく通報されるのを回避していく。
「そうなの?」オバさんも、それほど法律には詳しくない。巧妙に丸め込まれた感じだ。
「はァ、なによ。プライベートな問題ッて。知らないわ。アンタなんて早く帰ってよ」
私は力尽くで彼を押し出そうとした。これ以上、面倒に巻き込まれるのはゴメンだ。
「またまた杏華。そんなに恥ずかしがるなよ。昨夜だって、ラブホで一緒のベッドで寝た仲じゃン」
美少年は甘えるように微笑んだ。
「まァ、キョンちゃん、本当に?」
隣りのオバさんはニコニコして身を乗り出し興味津々だ。これはオバさんの好きな韓国ドラマのラブコメじゃないんだ。
「バカなの。アンタは!」
私は思いっきり美少年を怒鳴りつけた。
「ヘッヘ、こう見えて杏華はベッドの中では可愛らしいんですよ」
美少年は嬉しそうに微笑んだ。
「何言ってるのよ。ふざけないで」
恥ずかしくて顔が赤くなりそうだ。
「まァ、キョンちゃんもやるわねェ」
隣りのオバさんもヤケに愉しそうだ。身を乗り出してきた。
「ほらァ、オバさんが不審がってるだろ。何なら二人で愛し合っている画像、見せちゃう?」
旅人は自慢げにスマホを取り出した。
「や、やめてよ。バカなの」
耳まで火照って真っ赤になった。
「あら、良いわね。ボクちゃん、若いわね。学生さんなの?」
オバさんは可愛らしい若い子には目がない。
「いえ、ボクですか。二十歳の旅人ですから。言うほど若くはないですよ」
「はァ、二十歳なの? アンタ」呆れて独り言を呟やいた。
ヒゲづら男だったので、かなり歳を食って見えた。私と同年代のアラサーかと思っていたら、まさか九歳も年下なのか。
私は愕然として彼の顔を見た。確かに若いのだろう。ツルツルの肌が羨ましい。
「うッフ、キョンちゃんも見かけによらず、若い子が好きなのね」
なおもオバさんは私とスバルの関係を追求しようとしてきた。完全にどこかのラブコメと間違えている。
「いえいえ、そういうワケじゃないけど」
決して若いからコイツとラブホへ行ったわけではない。
「ほらァ、杏華は初めてだからラブホへ入ってみたいって、オレを連れこんだじゃん」
「まァ、キョンちゃんッたら積極的ねェ」
まるで韓国ドラマの感想を話すミセスだ。
「わかったから昴はこれ以上、口を開くな。もぉ、早く中に入って」
さらに廊下で余計なことをバラされては堪らない。強引に美少年を部屋の中へ引っ張り込んだ。
「じゃァ、オバさん。また今度」
美少年はにこやかに手を振ってウインクをし、隣りのオバさんに挨拶をした。
「ふぅン、変な子」
会釈しながらもオバさんはポツリとつぶやいた。
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