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トゥルーク、旅人
「はァ」まったく厄介なヤツを招いてしまった。仕方がない。少しだけ話したら帰ってもらおう。
「いやァ、さすがセレブだね。杏華ン部屋は。スゴく甘くて良い匂いがするし」
玄関へ入いるなり美少年は背中のリュックサックを下ろし、腰のストレッチを始めた。
「あのねェ、さっきから杏華、杏華ッて呼び捨てにして、アンタ二十歳なんでしょ。
かなり年下だし彼氏でもないのに。勝手に呼び捨てにするな」
「え、だって杏華が呼び捨てにして良いって言ったんじゃん」
「な、マジでェ」ヤバい。まったく覚えてない。
「ほらァ、オレッて旅人じゃン」
「はァ、出たよ。何その旅人って。アンタ、ルー大柴かよ。どこの世界に旅人なんて職業があるんだよ」
「そんな大きな声で喚いてると、また隣りのオバさんが乗り込んでくるぜ」
「うるさいな。ふざけないでよ。トゥルークが」
「いやいや、トラックじゃないよ。オレ、トラックの運ちゃんじゃないから」
「バカねェ。トラックじゃないわよ。
トゥルーク。『旅人』とか『風来坊』ッて意味よ」
「ヘェ、オレさ、世界を飛び回ってるから。たいていフレンドリーにファーストネームで呼び合うんだよ。昴って」
「いやいや、知らないし。フレンドリー過ぎるだろ。だいたい私がいくつか知ってるの」
「ああァ、そういえば、今日が三十歳の誕生日だろう。おめでとォ。杏華!
ハッピーバースデーツゥユゥー」
大げさな振りで歌い始めた。しかしかなり音痴なので聞いていられない。
「ちょっと待てェ。三十じゃァねェよ。二十九歳だよ。ふざけんな」
「あ、ゴメン。でも同じようなモンじゃん。三十歳も二十九歳も」
「はァ全然違うわ。こっちは死活問題よ!」
「そんなァ、大げさなァ」
「大げさでもなんでもないわ」
「ふぅン、だけど杏華はとてもアラサーには見えないよ。可愛らしいし。初めて会った時は、女子大生かと思ったもん」
彼は動物園の熊のように部屋をウロウロと歩きながら微笑んだ。
「可愛らしい? 私がマジで」
そんなことを言われたのは始めてだ。少し照れてしまう。
「ああァ、マジマジ」スバルは遠慮なく寝室のドアを開けようとした。
「バカ。そこは寝室よ。開けるな」
「え、寝室?」だが彼は制止も聞かず、勝手に開けてしまった。
「アンタねェ。どんだけ図々しいのよ。会ったばかりのひとり暮らしの女性の寝室を無断で開けるなんて非常識でしょ」
「いいじゃん。ラブホのベッドで仲良く寝た仲なんだし」
まったく悪気のない様子だ。
「ふざけないでよ。ああァ、頭が痛い」
「大丈夫? 二日酔いの薬あったかな」
またリュックサックを開けようとした。
「開けなくて良いわよ。薬ならちゃんとあるから」
これ以上、この部屋を散らかすな。
「だから飲み過ぎだって注意したのに」
美少年は大げさに肩をすくめて戯けてみせた。
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