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「お前のせいであの後大変だったんだぞ」
「ごめん、ごめん」
片手を縦に立て、あまり心のこもっていない表情でマサルがいう。
「何で俺の財布の中にアイドルの写真なんか入れたんだよ」
「美しい女性を見たことがないお前に美しさとはどういうものか教えてやろうと思ってやったんだよ」
彼女から”裏切りものには死を――”の誓約を一方的に押し付けられた俺は彼女の心を落ち着かせるためにプレゼントを買いに街に来ていた。彼女の誕生日はちょうど2日後だ。その時彼女にこのプレゼントを渡して愛の告白でもすれば彼女もきっと落ち着いてくれるだろう。彼女のことを俺はちっとも愛していないがそうするしかない。こういう時は愛をちらつかせてごまかすのが一番だということを俺は恋愛ゲームから中学生の時に学んだ。だからそれはたぶん正しいのだろう。
「でも、お前の彼女気持ち悪いよな。よくあんなのをお前抱けたよな」
「お前がそう言ってたって、彼女に言ってやろうか?」
マサルが慌てて「それはやめてくれ」と必死に頼む。昨日はアイドルのことで怒っていたこの男がなぜ人の彼女のことをこんなに悪く言えるのか俺にはよくわからない。でも、彼女へのプレゼント選びに付き合ってくれるということは案外こいつもいいやつなのかもしれない。
「これなんかどうだ、豚に真珠みたいだけど」
マサルがショーウインドに置いてある真珠のネックレスを見ながら言う。
「お前また――」と言いかけた俺の目にどこかで見たような女の子が腕を掴まれて路地裏に連れて行かれそうになっているのが目に入った。
「でも、もったいないか。あんな女にお金を使うなんてな」
アイドルの握手券に大金をつぎ込んでいるお前が言うな――というセリフをいつもなら言うだろう俺の心はさっきの光景が気になってたまらない。かわいい顔をした若い女性、その女性の腕をつかんで乱暴に引っ張る彼女には似つかわしくない不潔な服を着た30歳を超えて頭の頭頂部の毛の量が少なくなっている男。どう考えてもおかしい。このまま放って置いていいのだろうか? いや駄目だ。嫌な胸騒ぎがする。俺は彼女たちが消えた路地裏に向かって走る。
「やめて……」
恐怖で顔が引きつった彼女の口からは小さな声が漏れる。
「人にたくさん金を貢がせて、金が無くなったらゴミのように捨てるのか。あんなに二人で手を握り合って愛し合ったのに、金がなくなったというだけの理由で僕を捨ててしまうのか。君のために借金をしてまで聞きたくもないCDを何百枚も買って君につくした僕を君は――」
ぶつぶつ言っているこの気持の悪い男はどう見てもストーカーだ。彼女を助けないと――
「てめぇ、このやろう!!」
「うっ、うわっ、ごめんなさい」
俺の後ろからやってきたマサルの大声に気持ちの悪い男が慌てて逃げ出す。
「誰が許すか!! 俺の大好きなアイカちゃんに手を出しやがって」
気持ちの悪い男が逃げていくその後ろからマサルが男の脂ぎった髪をむしりながら商店街の方に向かって追いかけて行き、そして曲がり角を曲がって二人の姿が見えなくなる。
「ありがとうございます」
「いや、俺は何も――」
そう俺は何もしていない。マサルにいいところを全部持っていかれてしまった。
「御礼をしたいので連絡先を交換しませんか」
どこかで見たことがある彼女はあの子だ。マサルの写真を見た時はたいしたことがないとか言ってしまったが実物はとてもかわいい。できれば彼女にしてセックスがしたい、そんな風に思わせる女性だ。そんな彼女が俺に連絡先を聞いてくるということは――
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