第十三話 それぞれの恋のベクトル①

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第十三話 それぞれの恋のベクトル①

 アリアは鬱々とした気分を一旦整理する為、裏庭で一人佇んでいた。裏庭と言っても、城内の領地ではなくアリア専用の庭園をそう呼んでいるだけであるのだが。そこはアリアが与えられている部屋のバルコニーの一角に作られたガラス温室内の庭園だ。温度調節は魔術で簡単に出来るので一年中楽しめる。こじんまりとした中にも、四季折々の花々が楽しめるようにミニチュア英国式ガーデンを再現させいた。  物語の設定上、冷遇されているアリアの与えられている部屋は日当たりもあまり良くない上に部屋もバルコニーも狭い、とされている。しかし、生前(?)が日本人生まれの一般庶民の佳穂(アリア)にしたら、自室もバルコニーもとんでもない程広く感じたし、学生の頃は家賃の安さに釣られて六畳一間日陰の部屋に入居した経験者としたら十分日が当たっていると思う。  物語にも、アリアが報われないジークフリートへの想いを噛みしめ、一人嘆く場所が自室のバルコニーの片隅に作られた手狭なガラス庭園とあった。そこは最初から備え付けられていたのか途中から作られたのかまでは書かれてはいなかったが、真相はアリアが自身の魔術で作り上げたものだった。  ……表舞台には決して出て来ないけど、何だかんだ言ってアリアもチート能力があったりするのよね。だから、何もジークフリートの言いなりになって大人しく殺される必要はないと思うのよ……  あくまで脇役だから、国家レベルで影響を及ぼすものではなく個人で楽しめる範囲ではあるけれど、それはとても幸運な事だと感じた。  ……個人で生活して行くだけならこのチートを上手く活用すれば、市井におりて慎ましく生活して行けば生き延びられる可能性が高くなる気がする。前世(?)の貧乏学生時代の経験者でもあるし、何だか行けそうな気がして来た……  アリアは己を鼓舞する。そうしないと、凄まじい勢いでジークフリートに引き寄せられてしまう恋慕とヘレナへの不毛な嫉妬心にに引き摺られてしまいそうになるからだ。  あれから……ジークフリートとヘレナが共闘して魔獣を退けた後、二人は名残惜し気に会話を交わしヘレナは街中に、ジークフリートは場所へと戻って来た。表面上は変わらない笑顔でアリアを見つめこれから向かう『魔法石展示会』について何やら語ってはいるが、その深い青の双眸はそれらを裏切り、冷め切っていた。  それはそうだろう、とアリアは自嘲する。 ……原作ヒロインとの初めての出会い。一目でその魅力に強烈に惹かれ合って。あんな絶世の美少女に出会った後に私の顔を見たら、そりゃげんなりしちゃうよねー…… 「とても、お美しい御令嬢でしたね」  つい、嫌味が口をついで出てしまう。心の何処かではそれを否定して欲しくて。『彼女とは何でもありませんよ、あなた一筋です』と言って欲しくて。その癖、それは口先三寸。僅かな出会いの中、互いに次も会えるよう魔術で連絡先を素早く交換し合っていたのも知っているのに。この台詞、この感情、全て原作通りだ。 「辞めておけ、こんな浮気サイコパス野郎なんて。これ以上関われば死ぬぞ!?」 と、アリアの本能は警告しているのにも関わらず。何と愚かなことか。ジークフリートはさすがに言われた事が予想外だったのか微かに瞠目した。  ……あぁ、原作通りの反応ね…… 「おや? 私は少し自惚れても宜しいのでしょうか? もしかして、妬いていらっしゃる?」  蕩けるように笑みを浮かべる、あやかもアリアが好きで堪らないかのように。 「え? あ、いや、わ、私は……」  滑稽過ぎる茶番だと頭ではハッキリ悟っているのに、勝手に頬が熱くなってしどろもどろに応じる。原作通りに…… 「ふふふ、大丈夫ですよ。私には殿下が全てです。彼女とたまたま偶然成り行きで共闘しただけでございますよ」  ……この嘘つき! ヘレナに一目惚れした癖に!…… 激しい憤りを感じるのに、照れたように微笑んで彼を見つめている。このまま彼がヘレナの元に走ってくれたら、アリアのハッピーエンドに繋がるのに!   『魔法石展示会』では、原作にある通りの彼の瞳の色を彷彿とさせる『アウイナイト』をベースにした魔法石のペンダントを捧げられた。彼の髪に倣って、純金枠で飾られたものだ。その後は予定通り、皇帝皇后両陛下と対面して……    「……下、殿下?!」 ディランの呼び声で我に返る。気付けばガラスの壁に頭がぶつかりそうになっていた。 「どうなさいました? そのまま気付かないようであれば、不敬となりますがお体に触れて御止めさせて頂くところでした」 ホッとした様子の彼に、「助かったわ」と苦笑で応じる。一人になりたいと言う私の為に、ディランは目立たないように影から護衛についてくれていた。  ……こんなに真摯で忠実に任務についてくれているこの子(ディラン)も、ヘレナを見た途端心を奪われて、私の元を去って行くのね……  静かにため息をつき、何とも言い難い複雑な思いで彼を見つめた。  
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